いつもありがとうございます。
「東京特許許可局
を早口言葉以外で言ったことある?」
のミツヲです
私はありません
前回に引き続き、
両兵衛の
【黒田官兵衛孝高】
(くろだ・かんべえ・よしたか)
の後編です
前編はコチラ
http://ameblo.jp/mi2wo/entry-10401145758.html
中国大返しの後、
秀吉が明智光秀と争った
【山崎の戦い】や
柴田勝家との
織田家の主導権争いで起こった
【賤ヶ岳の戦い】などの合戦中、
官兵衛の軍は
苦しい局面でも奮戦し、
秀吉を勝利に導く活躍をします
その後は、
官兵衛の息子の
【黒田長政】が成人したこともあり、
官兵衛自身が
軍を率いる事は少なくなりますが、
秀吉の側近として、
さまざまな場面で活躍しました
ヤリマッセー
これまで、側近として
数々の功績を積み上げた官兵衛
秀吉からの呼び出しに
「一国一城の主になれる日が
ついに訪れたずら
神様。ありがとう
」
(官兵衛はキリシタンなんで
神様で
)
と、喜び勇んで応じます
フフン♪
が、しかし、
やってきた官兵衛に秀吉は
「今まで頑張ってくれたご褒美に、
豊前(福岡県)に城と領地あげる
」
と言ったのです![]()
がんばったご褒美が、
京都・大阪から遠い九州の土地・・・![]()
頭キレキレの官兵衛
「なんか、警戒されてるっぽくね
こりゃヤヴァイな
」
って事で、
数年後に息子に家督を譲って、
さっさと隠居してしまいます
~あれから10年~
はい
10年経ちました![]()
この頃、天下を統一した秀吉がポックリ
コレを機に天下が再び乱れ、
いずれ徳川が天下を取ると考えた官兵衛
(この頃は出家して「如水円清」ですが、
あえて官兵衛でいきます
)
関ヶ原の戦いでは、
息子の長政を徳川軍に参加させ、
自分は九州の西軍方の城を
次々と攻略していきます
楽勝~♪
「残すは薩摩の島津だぁ~
」
と、意気込んでいたところ、
家康から
「島津と仲直りしたから、よろしくぅ~
」
というメールが・・・
・・・
仕方なく、福岡に戻った官兵衛
息子ともども、家康から恩賞の土地をもらうと、
その後は政治に関与せずに
余生を楽しんだとか、どうとか・・・
ふぅ~
書いてるうちに、話の着地点を見失い
イマイチな感じになって、
我ながら、凹みますねぇ。。。
今後は、無理しない程度に
やっていきますので、
これからも宜しくお願いします
それでは m9`・ω・´)
