いつもありがとうございます。
「手が大きすぎて、
短い割り箸がうまく使えないよぉ~
」
のミツヲです
今更ながら、
【八幡太郎義家】の本を読んでて
その中に出てきた
【清水寺】について、
存在程度しか知らなかったミツヲ・・・
調べて興味深かったので、
今回はメモ程度に流そうと思います
既知の方は、
どスルー
して頂いて問題なしです
清水寺とは、その昔、
200歳くらいのおじいさんが
山に篭って、滝行をしていました
そのおじいさんの名前は
【行叡居士(ぎょうえいこじ)】
といいます
そこに、奈良の興福寺にいた
【延鎮(えんちん)】
というお坊さんが、
「急いで北へ向かうのじゃ
」
という夢のお告げを聞き、やがて、
おじいさんのいる山へ着きます
延鎮さんを見つけたおじいちゃん
「ひょっひょっひょ![]()
お主が来るのを待っとったんじゃ
フッ
わし、旅に出るから
あとヨロシクのぉ~
」
と言って、去っていきます
ビューン
(THE・無責任
)
後から、おじいさんの正体が
【千手観音】
だったと知った延鎮さん
マジデカ!
おじいさんの残していった霊木で
観音像を彫り、
庵に安置して祀ったそうです![]()
これが清水寺の始まりだそうです
数年後、病気の奥さんの為に、
薬になる【鹿の生き血】を探しに来た
【坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)】
鹿を見つける前に、延鎮さんとバッタリ
事の次第を説明しますが、
延鎮さんに【殺生の罪】を
懇々と諭された田村麻呂くん
なるほど~
「感動しました
」と言って、
自分の家を本堂として寄進するのでした
(よっ
太っ腹
)
その後、坂上田村麻呂は
教科書どおり、【征夷大将軍】に任命され、
蝦夷討伐に出かけます
その時、田村麻呂は
【観音様】の使者である
【毘沙門天】と【地蔵菩薩】
の力を借りて、討伐に成功し、
京の都へ帰還するのでした
京に戻り、すぐに延鎮さんと
ミーティング
田村麻呂くんが本堂を大規模に改築し
延鎮さんが毘沙門天像と地蔵菩薩像を
新たに作成し、
観音像と一緒に祀るようになりました
その後、国の公認の寺になったり、
火災で焼失したりと
なんやかんや
あって現在に至るとの事です
へぇ~
歴史的にはこんな感じですが、
調べていてショックな事が・・・
アウア
江戸時代に、本当に清水の舞台から
飛び降りた人が大勢いたそうです
プーン
その数、234件(通算)
で、明治に入って
柵や禁止令などを実施して
ブームは去っていったようです・・・
ちなみに、飛び降りた人
生存率85%
ですってwwwwww
今回はほとんど知らずに書いてるので、
「そうじゃないよ
」
って所があったら
コッソリ教えてください
それでは m9`・ω・´)
