木々の間を駆ける片山は、人影を自身の目にとらえていた。
(誰かいる!
あれは…誰?ううん、誰かなんて関係ない。)
(私のこの能力でやれることはただ一つ。
先手必勝!!)
片山は自身の能力を用い、相手の背後に回り込もうとする。
相手の左側から接近した形であるため、自分は僅かに右へ進路を変える。
途端、相手がこちらに顔の向きを変えた。
(気付かれた!?
でも関係ない!
私の能力を使えばこの距離、コンマ数秒で事足りる!!)
片山は強引に加速し、相手の背後に到着し、そこから腕を十字に組む形で首を締めあげる。
直後、置いてきぼりにした思考が回転を始める。
(さっきこっち振り向いた顔…
もしかして?)
片山が今自分が締めあげている人物に思い当たった瞬間。
締めあげているはずの「人」が姿を変える。
物言わぬ木に。
人とは違う、無機質なものへと変わったことを腕の触角で認識する。
(え、なんで?
見間違えた?
いや、そんなことない!
いや、そんなことより…)
そして、思考を回すそんな片山の首に対し、ひやりとした感触のものが当てられた。
「誰!?
いきなり襲ってくるなんて…ずいぶ」
「ゆきりん?」
片山は柏木由紀が全てを話し終わる前に、思い浮かぶ顔に対し、声をあげる。
振り向いて話し掛けなかったのは、首に伝わる感触に油断はできない状況であったからだ。
もちろん両手を頭上に挙げることも忘れない。
「はーちゃん?」
「うん。
あっちょっと待って、
私、ゆきりんを倒そうだなんて、考えてない。
始まって早々に人に出会ったから、舞い上がってつい攻撃しちゃったけど、ゆきりんなら」
「大丈夫だよ。」
今度は柏木が片山の声を遮るように言葉を発する。
「わかってる。」
柏木はこの発言を終えると共に、相手の首に当てていた枝を下げていた。
片山は振り返り、柏木が枝を持つ右手に目をやる。
枝だったのか、と片山は少し驚くと同時に、尻餅をついてしまった。
確かにこの辺りは幹の表面がつるつるとした、針葉樹が占める森林地帯だ。
同様につるつるとした枝を、緊迫した場面で感触のみで枝だと即座に見抜くのは困難ではある。
「もうー!
はーちゃんったら、尻餅なんてついちゃってー。」
「だって、怖かったんだもん!」
ふふ、と笑いながら、柏木は片山に立ち上がるための手を差し伸べる。
その手を取り、立ち上がった片山へと、質問を投げ掛ける。
「それはそうと!
はーちゃんがすごく速かったのって能力?
びっくりして、思わず私も能力使っちゃったよー!」
「私は、高速移動の力なの。
ゆきりんこそ、一瞬で木に変わったりして!
そっちこそ能力なんでしょ?」
「うん。
でもまぁ、能力を発動させる条件が厳しくて。
それがちょっと厄介なんだけどねー。
あ、とりあえず移動しない?
ここに立ったまま話すってのも危険だし。」
「うん、そうだね。」
こうして、即席にしては固い絆で結ばれたコンビが結成された。
2人は同期であるし、旧チームBで苦楽を共にしあの伝説の「初日」を迎えた仲間だ。
世間が知る以上に、2人の関係は深い。
そして、片や身体増強系の能力を有す片山、片や特殊系の能力を有す柏木が組むことになったのは、互いにとって必ずやプラスになるだろう。
一方、2人の怪物は胎動を始める。
その1人、大島優子。
彼女は自身のポテンシャルにそぐう、身体増強系最強の能力を手に入れていた。
その能力で強化した視力で辺りを見渡し、戦う相手を探す。
そこに運悪く見つかった者、岩佐美咲。
彼女は、決して弱小能力保持者ではない。
むしろまだ皆が能力を使いこなせていない序盤では、大島を倒しうる数少ない人物だろう。
ただ、その可能性を塗り潰すほどに、大島の身体能力、判断能力は凌駕していた。
大島は片山に負けず劣らずの速度で岩佐へと近付く。
それに気付いた岩佐は、大いに慌てふためく。
(優子さん!?
まさか優子さんが私に向かってきてる!?
まずい、能力を)
大島のぎらついた視線からはとてもじゃないが、非好戦的だとは思えない。
岩佐は即座に能力発動へと行動を開始する。
「上野発の夜行列車おりた時からぁ、」
しかし大島はやすやすと追撃を許さない。
加速したスピードそのままで、拳を思い切り振りかぶり、岩佐の腹部へと打ち込む。
その衝撃を受け止めてくれるものは、今2人がいる草原には無い。
10mほど吹き飛ばされた岩佐は、地面に強く体を打ち付ける。
途端、口の中に鉄の味、否、血の味が広まる。
気付けば足の先から順に半透明になってきていた。
「はぁ、もうリタイアか…。」
「ごめんね、わさみん。」
いつの間にか自分のそばまで歩みを進めてきていた大島が、自身の独り言に応えたことに気付き、岩佐は顔を上げる。
「別にいいですよ。」
「…へ?」
「だって優子さん、優勝してくれるんですよね?
それなら私は報われる。」
「…もちろん。
端からそれしか狙ってないよ。」
「そうですか。ならいいです。」
岩佐は微笑む。
口の端から血が流れているが、それをも含め、美しいと大島は感じた。
そして満足そうに微笑みながら消えた岩佐を見送り、大島は一人、呟く。
「後輩にプレッシャーかけられちゃったなー。
まったく…。」
そして一瞬眉を八の字にした大島は眉を戻し、口元に笑みを浮かべ、また歩を進め始める。
「さーて、次は誰かなー。」
その後ろ姿は、誰もが恐れるあの「優子先輩」そのものに見えた。
【岩佐美咲 脱落】
【残り 47人】