兄弟ケンカが絶えない我が家。
でも、だいぶ見守ることが出来るようになってきた
最近、図書館で借りてきた本「やっていいこと・悪いこと」がわかる子の育て方

実はまだ1章のほんの少ししか読んでないのですが、久々にストンと腑に落ちたところがあったので、シェアします。
赤ちゃんの時には出来ていた、「自分はどうしたいか」をいつの間にかしなくなる。
それは、周りに合わせて「我慢する」ことを優先しすぎているから。
日本では我慢せずに自己主張をする子どもはあまり評価されず、我が儘な子と言われてしまうので、「我慢させる」ことを親が教えすぎてしまう。
あれこれしたいと言わずに、周りに合わせられる子が良い子として見られる日本。
数秘では1の私ですが、このような日本の体質が、数秘1の人の素質を発揮しにくくしたのかなぁ~なんて感じました
ここからが本題です
きょうだいケンカについて
Aちゃんには妹がいます。
最近、妹はなんでもAちゃんのおもちゃで遊びたがる。お母さんはAちゃんに「妹におもちゃを貸してあげてね」という。
しかし、妹はまだ小さいのでAちゃんのおもちゃを乱暴に扱う、なので妹には貸したくない。
でも、「貸さない」といえば、妹とケンカになって、妹が泣いてお母さんに怒られる。
「貸す」といえば、大切なおもちゃが汚されたり壊れたりするかもしれない。
やはり、貸す、貸さないでケンカになり、妹は泣いてお母さんに訴えにいき、
ついついお母さんも「お姉ちゃんなんだから、貸してあげなさい」と言ってしまい、
Aちゃんはむくれてしまった。
この場合、妹におもちゃを貸せず妹を泣かせてお母さんに怒られたAちゃんが悪いのかな
それとも、Aちゃんのおもちゃで遊びたがった妹が悪いのかな
お母さんが悪いのかな
客観的にみれば、誰も悪くないのに、当事者になると、誰が悪いのかと犯人探しをしてしまう。
もし、これが一人っ子ならば起こらなかったのに、複数の人がいて、それぞれの欲求がぶつかり合った時に「悪」の下地ができ、
そして、「誰が悪い」と裁き始めると、ケンカ、争い、不和が生じます。
ケンカは自己主張同士がぶつかって起こるもの。
ぶつかったあと、例えば譲ったり譲られたり、諦めたり無視したり、思いやりの気持ちが芽生えたり、感謝の気持ちが出たり、表現力や交渉力が上がったり、ルールを作ったり、よりよい解決法を考えるようになったりと色々な可能性がある。
これは、最初からぶつからなければ、学べない財産。
ケンカの後、どうするかが大切
この本を読んで、きょうだいケンカについての見解がわかっているようでわかってなかったようで、説明がしっくりきて、
どちらが悪いではなく、ケンカした時にどうするのかを見守る。
これに徹することにします