花仙物語~紫陽花の鐘の子(龍)~



序章『 虹の橋と最花仙・紫陽花』


ここは花舞う都にして天界の花仙が住む所


そしてこの物語は美しく咲き乱れる花達の物語である…



さて、この老いぼれ老仙人がこの物語の案内役。

儂の名は蝋梅、これから語るは天界の花仙(かせん)と呼ばれる花の仙女達の話しじゃ。

その中でも"天界で最も美しく誰からも信頼される最花仙(さいかせん)"と呼ばれる花仙達が居たんじゃが、その中の1人、"紫陽花"と呼ばれる花仙の物語を少し語ろうかの…


時に皆は知っているだろうか?


儂等が住む世界には天界、地上(下界)と2つ世界があるんじゃが、儂等、天界人が住む天への入り口は"虹"なんじゃよ…

……いや、"虹"は天界では"梯子"とも言うかのぉ?

それはそれは美しい虹が出た時のみ天の門が開くと同時に天と地上を結ぶ事が出来ると言い伝えがあった。

コホン……

……いや、言い伝えでは無く本当に存在するのじゃがな……


ある時、それはそれは丸く美しい虹が出来た時、天界の門が開き、天から1人の花仙が地上へ降りた。


天界から地上へ降りる事の出来る花仙は最も珍しく"最花仙"(さいかせん)とも呼ばれており、もしくはそれ以上の地位でなくては地上へ降りる事が許されないと言う天界の絶対的な決まりがあったのじゃ。


何故ならば…邪な念を抱いた花仙や仙人が地上へ降りたならば地上人達にも害を及ぼし、地上をも滅ぼしかねんからのぉ…


また、天界の花仙達と地上の草花、木々達は最も親密であり、地上の草花達の(生命)がまた花仙達の源(生命)なのじゃよ。

……ややこしい事じゃが地上の草木を切れば天界ではその種の花仙、仙人が命を落としたり、弱ると言う事じゃ。


思えば、あの時は最も厄災の続く混沌とした年じゃったかのぉ…

それはその年に奴達が地上へ忍び込んだのが事の始まりじゃった…

…そうさな、決して忘れてはならぬのぉ、"アザミ"と"イバラ"と言う名の邪悪な上仙女達が起こした事を語らねばなるまい……


悲しき事件も起こったが、素晴らしい奇跡もまたその年に起こったのじゃ。


先程も語ったが、それは最花仙、紫陽花が虹の橋を下り下界に容姿を"人"として降りた頃と時を同じくした虹の橋が開かれた時に起こった。


水蓮村の先の森では火事が起きていた。


村人の多くは火事に気づかなんだ。

何故か行き交う人々は森から煙が立つのに全く気づかなかったのじゃ。


何故ならばその日、地上では新しく即位する予定の王様を祝う祭りが催されていたからだ。


さほど王都から離れていない水蓮村じゃったが森からもそれほど遠くない。


しかし何故、その時、森からの煙が上がり火事になっていたが誰も気づかなかったのか不思議じゃろう?


それはの、その時、正に天界から降りた最花仙である紫陽花がその場に居て、村に火が回るのを防ぎ、火事を消そうとしていたからだった。

偶然だと思うだろうが小さな奇跡はもう1つ起きようとしていた。

その場には奇跡ばかりでは無く邪悪な物達の姿もあったが…


『……ほゥ……コレはコレは…最花仙…お前様もあの虹から下っていたとはな?…我らだけではなかった様じゃな…』

そう、薄紫色の髪を高く結い、邪悪な笑を浮かべる女と傍らにもう1人、クスクスと笑う女が居た。傍らに居た女は爪の先まで真っ赤で妖艶な美女だった。

最花仙と呼ばれた女が即座に答えた。

『……"アザミ"、"イバラ"か?!何故お前様達が地上に?!天界のあの門からは出れぬはず……最上花仙木蓮様がお前様達は"石獄"へ送ると話されていたのに……』

ゴウゴウと燃える木々からは小さな小動物や獣が我先にと火の無い方へとかけて行くのが見えた。

『…おや、最花仙、紫陽花かぇ?私らも名だたる仙女の内に入るぞ?…"虹の橋"が通してくれた、退屈しのぎに下って来たのじゃ、じゃが、ほれ、その後ろに…隠れたじゃろ?!先ずはそヤツに用がある!!早うコチラに渡すがいい!!』

赤い指先がヒラヒラと舞い対峙している"紫陽花"と呼ばれた女の薄い上衣の長袖の先を指し示した。

そこには小刻みにブルブルと震えている"何か"がチラリと見えた。

『…ソナタ達はもはや上仙女では無い。天界の牢番達が必ずお前様達を連れ戻す…この小さき物はさしずめ天界からの"追跡者"だろう?……それを知った上でソナタ達に渡す訳にはいかない…』

ふぅッと手の平に息を吹きかけると、美しい色とりどりの紫陽花の花弁が一面をザアッと舞った。

一面が火の海に近かったが舞った花弁が地面に落ちると、ゴゥっと風が吹き、一瞬にして炎は姿を消した。

『―――くッ!!…何と言う仙花力だ…おのれ…私の炎をよくも……忌々しい…消えろッ!!』

ザザア〜っと周りの木々が騒ぎ、イバラの赤い瞳がギラリと光った瞬間、薔薇の棘のつるがザザザとあちらこちらから伸び、紫陽花と紫陽花の後ろに居る小さな追跡者を襲った。

紫陽花が刹那、両手を叩き合わせ叫ぶ。

『……ッ、―――"千花弁乱舞"!!』

……ザアアア!!!ドゴーーン……

先程の紫陽花の花弁が紫陽花と小さな追跡者を囲み花の柱となった。

…紫の棘が今度は2人を頭上から襲った。

今度は紫陽花の後ろに居た小さな追跡者が立ち上がって叫ぶ。

『……ッ!!……揺れろ"天鱗"!!』

……カァーーーーーーーンッ……

綺麗な鐘の音が森を震わせた。

頭上から降ってきた棘は鐘の音で一瞬にして消え失せていた。紫陽花が後ろをチラリと振り向くと、傷付いたその姿は小さな少年の姿だった。

イバラとアザミの2人が耳を塞ぎ地面に崩れ落ち苦しそうにのたうっていた。

『……うぐぁーーーーーッ!……貴様ぁ!我らに何をした!?……』

森に漂っていた邪悪な瘴気を鐘の音が一瞬でかき消したのだ。

『……っ』

ドサッ…

小さな天界からの追跡者はそのまま気を失ったのか紫陽花の後ろで倒れ、動かなくなった。

『……!!瘴気を吸ったか…まだ息はある…』

紫陽花は倒れた少年を抱き寄せ、額に触れると花の膜で少年を覆い、天を指さして静かに手を下ろした。

すると、シュッと少年の体から消え失せた。地面に付した状態でイバラが薄っすら片方の口角を上げるのを紫陽花は見逃さなかった。

『!!無駄です、いくら上仙女であろうとも瘴気を纏ってしまった者達はもはや天界、下界にも影響を及ぼしているのです、やはり天界の掟で石獄行きは免れられない。……最上天花仙桃花様の指示を仰ぎます!』

紫陽花が天を見て叫んだ。

キラッ……何かが光ったと同時にドォン……と言う花柱がアザミとイバラに降り注ぐ。

……ウッ、ギャ━━━━ッ……!!

と、アザミとイバラの悲痛な叫びが響いた。

紫陽花は袖先で花柱を見ない様に目を隠し後ろに後退した。


(※ラフ画ですみません🙇‍♀️イメージとして……アザミとイバラ)

戒めの花柱が2人にかかる。最上天花仙桃花様の鉄槌とも言う。