私はなんて愚かだったのか。

こんなことになるなんて。

こんなにショックで傷ついて許せないことが

人生で起こってしまうなんて思いもしなかった。

 

 

驕り高ぶっていた。

 

 

「許す」とても難しい。

現実を受け止める。

 

私にとっては切って離してしまう方が

辛い選択だっただけ。

 

それを認めた。

 

 

こんなに辛いことは初めてだったけど

今でも食事が充分にとれない。

考えてしまうけど

切って離す。

嫌いになる。

それはこの先、生きることができなくなる

ぐらい辛いことだった。

 

 

仕方ない。

無理なんだもん。

嫌いになれたらどれだけ簡単か。

この先の長い人生一緒に過ごしていきたいと

ずっとずっと思ってたんだもん。

急に切って離すことなんて

できない。

 

 

傷つくことがあっても

死にたいと思うことがあっても

依存しない

依存されない

支配しない

支配されない

でも一緒にいなきゃダメ。

でも一緒に方向に進んでいく。

どちらか倒れたら一緒に助け合って

起こして。

歩み寄って、道を進んでく。

それが「愛」。

 

傷つけ合ったら

傷を二人で癒していく

さらに大きく大きく包む。

 

それしか心が救われる道はない。

 

 

深い愛で満たして。

より思いやりを大事に。

驕らず親身に。

 

私にはできる。

彼にはできる。

 

二人とも変わることはできる。

 

 

深い悲しみの先には

大きな愛が。

悲しみに飲み込まれない。

過去に生きない。

未来に生きない。

妄想に生きない。

今この体、今この現実

今この命を生きる。

 

 

必ずできる。

 

 

誰かを責めたいとき
自分がちゃんとしてないことに気づく。

なんで責めたいのか

なんで怒ってるのか

本当の気持ちに気づく


そして、私に勝るほどの
論破をくらい


あー、私にはこの人しかダメだなと
つくづく実感した


これほどまでキツく言ってもらわないと
いけない自分だった
そう、大抵気づかない

言い争ってる最中って
何も考えられない
耳に入ってこない
遮断したくなる


めちゃくちゃ論破されて
ようやく気づく…
それだけされてやっと気づく


本当にありがとう。
私の側にいてくれて
いつも気付かせてくれて


迷惑、世話かけるけど
一生となりで笑っていてほしい



なんで、いじめがなくならないのか。
深刻になるのか。
日本はいじめの深刻化が激しい。
ほんで、いじめが原因で
自殺に追い込まれる子が多い。

なぜ日本に多いのか?
それは
日本の昔からの考え方と
環境
昭和な考えの人が考え方を変えず
教師、親をやってること
あとはあの環境と仕組み
あんな小さい箱に閉じ込めて
同じメンバーで親密にぜざる得なくなる
環境
まるであの世界しかない環境
そして大人から守られていると
思わせているような仕組み

あんな「学校」というところに
閉じ込めてられていたら
いじめは必然的。

同じことを同じようにやれと
個人に押し付け
劣等感を抱かせる
そしてクラスというくくり
必ず誰かと仲良くなれと言わんばかり

一人でいることが
あたかも変であるような

いじめをなくそうと思うと
日本の義務教育の仕方
学校のカリキュラム、環境から
変えていかんとあかんな
と私は思う…

いっそのこと青空教室。
それがいい。
それなら誰か特定の人をいじめようとか
思うこともなくなると思う。

それかもっと海外の思考を取り入れていく
どうしても閉じこもりがち

子供達にもっと広い世界や価値観が
あることを教えてあげるべき

ま、こんなこと言うてるだけやったら
あかんねけど
変えてあげたいのであれば
議員でもならんとあかんかな?