令和8年6月26日(金)|こころの整え方・私の経験談

\ みーぱんの処方箋 /【うつになった私 第3回】

朝、布団から出られなかった。
それが、一番つらかった瞬間でした。

こころの整え方・私の経験談|みーぱんの処方箋

前回、判断力の低下・不眠・家族へのイライラという3つのサインについてお話ししました。

今日は、それらのサインを見過ごし続けた結果、私が一番つらかったと感じた瞬間についてお話しします。

少し重い内容になりますので、無理せず読んでくださいね。

📌 いつも通りの朝が、いつも通りに来なかった日

それまでも、しんどいと感じる朝は何度もありました。それでも、なんとか体を起こして、子どもを送り出して、仕事に行く。そういう「いつも通り」を、ずっと積み重ねてきました。

でもある朝、アラームが鳴っているのに、体がまったく動きませんでした。頭では「起きなきゃ」とわかっているのに、布団から出るための力が、どこにも見つからない。

「あれ、私、起きられない。」

そのときの感覚は、今でもはっきり覚えています。気力の問題ではなく、本当に体が言うことを聞いてくれない。そんな経験は、それまでの人生で一度もありませんでした。

📌 「母親なのに」という、自分への言葉

起きられないこと自体もつらかったのですが、それ以上につらかったのは、自分を責める気持ちでした。

「子どもを送り出さなきゃいけないのに」「母親なのに、こんなことで動けないなんて」——そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回っていました。

体がつらいことよりも、その「ちゃんとできない自分」を許せない気持ちのほうが、当時は何倍も重く感じていたように思います。

💊 OTとして、今だから言えること

「気力で起きられない」状態は、本人の意志の弱さではなく、心身のエネルギーが枯渇しているサインです。エネルギーが一定量を下回ると、起床・着替え・移動といった当たり前の動作にも、普段とは比べものにならない負荷がかかります。

そしてこの状態に「母親なのに」「社会人なのに」という自己批判が重なると、回復に必要な休養そのものが取りづらくなってしまいます。当時の私に伝えたいのは、起きられなかったその朝は、サボりではなく、限界の表れだったということです。

あの朝をきっかけに、私はようやく「これはただの疲れではない」と認めることができました。

一番つらかったのは、起きられなかったことそのものより、それを「弱さ」だと自分に言い続けていたことだったのかもしれません。

📋 「動けない朝」が来たときの処方箋

✅ 起きられないのは、気力の問題ではなく体力・心の限界のサインだと知っておく

✅ 「母親なのに」「ちゃんとしなきゃ」という言葉が浮かんだら、まず手放してみる

✅ その日一日だけでも、誰かに代わってもらえないか考えてみる

✅ 同じことが繰り返されるなら、それは「休む」だけでなく「相談する」タイミング

この出来事のあと、私は少しずつ、自分の状態と向き合い始めることになります。

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次回は、そこから実際に病院を受診するまでの経緯についてお話しします。

起きられない朝は、
弱さじゃない。
限界が、ちゃんと教えてくれているだけ。

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