令和8年6月23日(火)|こころの整え方・私の経験談

\ みーぱんの処方箋 /【うつになった私 第1回】

頑張りすぎていることに、
自分では気づけなかった話。

こころの整え方・私の経験談|みーぱんの処方箋

前回の記事の最後に少し触れた、適応障害・双極性うつになった当時の話。

今日から数回に分けて、当時何が起きていたのか、正直にお話ししていきます。

読むのがしんどくなったら、いつでも閉じてくださいね。

📋 当時、何が起きていたか

① 領域を変えての挑戦
高齢者領域から、小学生〜高校生の発達支援の仕事へ。資格を取り、新しい分野に挑戦しようと意気込んでいました。

② 時間が全く足りない現場
実際の現場は目まぐるしく忙しく、評価をまとめる時間も業務時間内には取れない。気づけば持ち帰り仕事が日常になっていました。

③ 重なる要望と、得られない理解
そんな中で新しいプロジェクトの話も出てきて、社長や上長からの要望は増える一方。現場の大変さへの理解は、なかなか得られませんでした。

④ 崩れていく家庭とのバランス
家事・子育てとの両立がどんどん難しくなり、いつのまにか自分の感情をコントロールできなくなっていました。

私は、もともと頑張りすぎてしまう性格です。

「しんどい」「もう無理」——本当はそう感じていたはずなのに、それを言葉にして誰かに伝えることが、ずっとできませんでした。

「まだやれる」「私が頑張ればいい」
そう思い込んで、自分の限界を見て見ぬふりしていました。

そして一番つらかったのは、それが家族、特に子どもへの態度に表れてしまったこと。

😔 一番つらかったこと

仕事のしんどさを家庭に持ち込んでしまい、子どもに対して感情的になってしまうことが増えていきました。

大切にしたいはずの子どもたちに、一番しんどい自分を見せてしまっていた。それが、何よりも自分を責める原因になりました。

💊 OTとして、今だから言えること

作業療法では「キャパシティ(その人がこなせる作業量)」という考え方があります。これは人によって違い、変動もする、とても個人的なもの。

当時の私は、自分のキャパシティを正しく把握できていなかった。そして、限界を「言葉で伝える」というスキルそのものが、私には足りていませんでした。

今、こうして振り返れるようになったのは、ちゃんと回復できたから。

でも当時の私は、「頑張ること」と「無理をすること」の違いが、本当にわからなくなっていました。

次回は、限界を超えてしまった後、実際にどんな症状が出たのか、もう少し詳しくお話しします。

頑張りすぎていることに、
自分では気づけない。
それは、決して弱さじゃない。

一緒に生き延びましょう — みーぱん —