みなさん、おばんです。

 

 

 1980年、20歳になったばかりのパク・ナムルは5年制の平壌外国語大学をたった2年で、しかも首席で卒業したダ。まさに前途洋々な心持ちの彼は、新緑が眩しい5月の風が吹き渡る金日成広場を大きく手を振りヒザを真っ直ぐ曲げずに歩き、意気揚々と労働党庁舎の門をくぐったダ。

 

 彼はそのままのスタイルで庁舎の廊下を行進し、階段を一段ずつヒザを曲げずに下りたダ。そして地下2階にある部署の一室の前に立ち止まり、右向け右!をして、そのドアに正対したダ。

 

 パク・ナムルは息を整え、『社会部』と書かれた表札のドアを注意深くノックしたダ。それは音量と音色に最大限の注意がかたむけられた、世界最高峰の愛情を込めた宇宙一美しい打音であったダ。

 

 それからパク・ナムルは直立不動の姿勢で、姓名と性別と生年月日と出身地と出身大学と両親の簡単な出自を述べ、最後に金日成首領様への忠誠を高らかに宣言し、入室が許されたのダ。

 

 部屋に入ると、正面の壁の一番高いところに金日成の肖像画が、その右隣には彼の後継者である金正日のソレがあったダ。

 

 出迎えた1人の労働党幹部、彼は自身を社会部の部長だと名乗ったが、その他にも沢山の役職を担っているらしく、パクは、それらの全部を聞き覚えることは出来たが、それが何を意味するものか、何の役割を果たすものなのか皆目見当がつかず、そのことについての勉強不足を指摘されることの不安と恐怖を感じて生きた心地がしなかったダ。

 

幹部「よくきてくれただな。パックン」

 

 パクは自身をパックンと呼ばれたことの意味、その不思議を思い、この幹部の意図の真意を探り、答えが出ず、焦り、汗が吹き出たダ。

 

幹部「ハハハ、そんなに緊張するだな。パックン」

パク「・・・はい」

幹部「キミのことをパックンと呼んでいいだな?パックン」

パク「はい、何なりとお呼び下さいませ」

幹部「ませなんて堅苦しい言葉を使うだな。わたしはキミと仲良くなりたいだな。キミは、どうだな?」

パク「は?」

幹部「キミはわたしと仲良くしたいのだな?パックン」

パク「いえ、そんな、わたしは、仲良くなんて、めっそうもない」

幹部「いやいや、遠慮するだな。わたしはキミのことを何でも知っているつもりだな。だから仲良くなれると思っているだな。まあしかし、それも、これからのキミの党に対する働き次第だがな」

 

 そう言った幹部にジロリと見据えられて、パクは心臓が止まりそうになるほどビビッてしまったダ。

 

幹部「それはそうと、キミの大学での成績はスゴイんだって?」

パク「いえ、それはどうか」

幹部「30ヶ国語が話せるそうじゃないか」

パク「そんなに話せません。せいぜい、5ヶ国程度です」

幹部「おいおい、謙遜するなってば。ウワサでは、初めて聴いた言語でも、瞬時に母語と、つまり我々の言語と同様の理解が出来るらしいだな?」

パク「瞬時に、というか、その、懐かしい言葉として思い返される、わたしの中にある感覚が呼び覚まされるような、そんな・・・」

幹部「つまりは、元から知っている、ということだな?」

パク「・・・はい」

幹部「どこで、覚えただな?」

パク「知りません」

幹部「ウソはつくだな」

パク「わたしは、17のときに平壌を初めて見た田舎者です。もちろん、勉強はそれなりにしましたが、学校で受けた授業以外にしたことは何もありません」

幹部「生まれつきの能力、というのだな?」

パク「はい、そうです・・・」

 

 とパクはそれから言葉を継ごうかどうか迷い、そのことは、言わずにおこうと思い、口をつぐんダ。

 

幹部「わかった。それなら、ソレでいい。キミのその能力を思う存分発揮できる仕事をしてもらいたいんだな」

 

 幹部はオモムロにソニーのウォークマンをフトコロから取り出し、机の上に置いたダ。そして再生ボタンをカチッと押したダ。

 

「こんにちは。キムだよ。知ってるよね。ボクのこと。自己紹介はカツアイするよ。オリいって、キミに頼みがあるんだ。ソレはね、中国人になりすまして、にっくきアメこうのスパイをしてほしいんだ。あいつらの悪だくみをちくいちボクに報告してほしいんだ。OK?」

 

 パクは生唾をごくりと飲みこみ、OK、と快諾しちゃったダ。