皆さん、おばんです。



我々は相変わらず、毎日、休むことなく、伝説の泉に通じる水脈を探していた。




特にフユアキは、自分が言い出した責任からか、用心深く、慎重すぎるほどに、その水脈の入り口を探した。

しかし、そのテダテが無い。地図が無い。道標が無い。無い無いづくしの中、フユアキとナツハルの疲労が蓄積され、体力の回復は追いつかず、又、目に見えない徒労感と焦燥感を漂わせ始めた。それは、わたしの夢の移植による2匹の金魚の野生を奪ってしまったことが原因の老成と無関係では無かった。そうして、わたしは、フユアキとナツハルの身体の不安の心配よりも、夢の移植で築いた関係の崩壊を恐れていた。




そんなある日、とうとう、思い余ったナツハルがフユアキに意見した。

 


ナツハル「…無意味だよ。最初から何のアテも無いのに、突然、あんなことを言い出すのがイケナイんだ。けど、それをとやかく言ったって、しょうがない。それは許すよ。けど、もう、止めよう。水脈の入口を探すだけで一生を費やしたくない」




フユアキ「わかったよ。ぼく1匹だけで探すよ。ナツハルとレラは、ソレまで遊んでいるといいよ」




ナツハル「ぼくの言ってる事がわからないのか!もう止めようと言ってるんだ。伝説の泉なんて無い!そこに行く水脈なんてものも無いんだ!何故だかわかるか?君の思い込みに過ぎないからだよ。いつまで経っても水脈に入ろうとしないのが、その証拠だ!」




フユアキ「そんなことない!絶対、伝説の泉はあるんだ。それは、それだけは確かなんだ。けど、ソコにたどり着ける水脈の入口が特定できないんだ。アレかもしれないし、コレかもしれない。しかし、その、自信が持てないんだ」




ナツハル「結局、優柔不断なだけじゃないか。君には、一歩を踏み出す勇気が無いんだ。自分の直感を信じる、ということが出来ないんだ。一体、何をビビってるんだい?どれでも選んで、行けばいいじゃないか。どこかで水脈はつながってるんじゃないか?」




フユアキ「そんな無責任なことはできない。選択を誤ったら、ぼくはともかく、レラや君を巻き添えにしてしまう。何度も言うように…」




ナツハル「もう聞き飽きたよ!だからもう止めようよ。何かを犠牲にする覚悟が無いのなら止めた方が身のためだ。中途半端に探し始めたのがイケナイんだ。もう止めよう。ぼくは止める。もう付き合いきれない」




そう言って、ナツハルはどこかへ泳いで行ってしまった。わたしはナツハルを追いかけず、フユアキを見つめていた。きっと、フユアキは、いつものように、身体の全部のヒレをたたんで、水底へ静かに降りて行くだろう。わたしはソレを黙って見送るだろう。そうして、きっと、明日になれば、また、ケロリとして、水脈を探すのだろう。




しかし、いつまで経ってもフユアキは、わたしの思うような行動を取らなかった。いつまでもソコにいて、何か考え込んでいるようだった。そうして、日が落ちて、辺りが暗くなり、朝が来て、それから、また日が落ちて…わたしはイライラした。彼に初めて、ネガティブな感情を持った。わたしは新たな夢の移植を決意した。それを、フユアキだけに施す事を。




そのあくる日の朝、フユアキは明るく、自信にあふれた表情で、わたしとナツハルを、ある一つの水脈の入口に案内した。




フユアキ「ココから入るよ。決めた。ココが、今まで見た水脈の中で一番『脈』がありそうだ。水脈だけにね!」




わたしは笑わなかった。いいえ。笑えなかった。その水脈が伝説の泉に通じているかどうかに、わたしの命がかかっていたのだから。




我々は、フユアキを先頭にして一列になって水脈を進んだ。フユアキの何か吹っ切れたような泳ぎが、逆にわたしを不安にさせた。

フユアキは、わたしが思うよりもずっと夢を見すぎているように思えた。わたしが彼に移植した夢は、現実の世界の変更を担保するものではない。あくまでも彼の夢の具現化を促すためのものだ。だから、その自信の根拠が、わたしが移植した夢よりも、フユアキが本来持っていた、捨てかけた夢の、伝説の泉に対する執着の強さであるように思えてしかたなかった。




最後尾を泳ぐナツハルは、その前を泳ぐわたしを何度も励ましてくれた。きっと、自分自身を励ます想いもあったろう。

わたしとナツハルは、自分たちがどこに向かっているのか、本当に伝説の泉にたどり着けるのか不安でしょうがなかった。

一方、フユアキだけは、ある意味、覚醒していたのである。彼だけが、覚悟していた。30ftの高さまで吹き上がる『泡』に乗りどこまでも高く飛べるなら、どんな犠牲を払ってもいいと。そして、その覚悟は、残念ながら、わたしとナツハルには及ばないものだった。


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