皆さん、おばんです。


わたしは、フユアキとナツハルと一緒に、用水路から用水路へと、ときには川を渡り、人間の作った下水管をくぐり抜け、池や沼や、水が満たすあらゆる場所に行った。そして、ソコに『泡』が湧けば、ソレに乗り、遊んだ。そうしたリア充な毎日を送っていたある日、フユアキが思い詰めた人面魚みたいな顔で、こう切り出した。


フユアキ「ボクはね、行きたい場所があるんだ」


レラ「どこに、行きたいの?」


フユアキ「30ftの高さまで泡が吹き出る伝説の泉さ。けど、ソコに行くためには、一度入ったら引き返す事が出来ない、地下の水脈に潜る必要がある。とっても危険なんだ。どうする?」


ナツハル「もちろん行くさ。僕らはいつも一緒だろ?」


わたしは、ナツハルの言う「僕ら」には、わたしが含まれていないと思い、勝手に寂しがった。それでも、「わたしも行くわ」とはっきり答えると、フユアキは何も言わず、身体のヒレを全部たたみ、水の底へスっーと降りて行った。


わたしに、選択の余地は無かった。わたしは、もはや、彼らから離れられなかった。1匹では、生きて行けない気がした。と同時に、フユアキとナツハルの、これまでうまくいっていた関係を壊している気がしていた。いいえ。実際、壊していた。


わたしが2匹と合流し、自力で泳げるまで体力が回復した頃から、特にナツハルが、わたしを追いかけるようになった。わたしが逃げると、ナツハルは面白がって、さらに追いかけた。それを見て、フユアキもわたしを追いかけるようになった。ナツハルは怒って、フユアキに体当たりするぐらいの勢いで向かって行った。フユアキは身じろぎもせず、ソレを待ち構えた。互いの身体がぶつかる寸前、ナツハルは機敏にターンし衝突を回避した。そして、フユアキは、身体のヒレを全部たたみ、水の底へスっーと降りていくのだった。


わたしは最初、驚いた。こんなに苛立った2匹の姿を見たのは初めてだったから。このまま仲たがいしてしまうのじゃないかと思った。しかもわたしのせいで。しかし、わたしの心配は杞憂に終わり、2匹は、しばらくするとまた仲良く『泡』乗りしたりして遊んでいる。が、わたしの不安は消えなかった。


あるとき、ナツハルは、自分自身に語りかけるように、こんなことを話してくれた。


ナツハル「何だかおかしいんだ。自分を、制御できないんだ。どうしても、身体が勝手に君を追いかけてしまうんだ。そして…フユアキが、無性に疎ましく感じる。彼のことが大好きなのにさ」


それからも、わたしはフユアキとナツハルに、追いかけられた。わたしは徐々に、2匹が怖くなった。でも、1匹で生きてゆく自信が無いわたしは、現実からは逃げられず、夢に逃げたくなった。正直、夢が見たかった。夢が欲しかった。しかし、わたしは夢を見ないことを決めたのだった。そのときから、夢は見るものじゃなく、与えるものになった。だから、夢を司る金魚になるのは、わたしの夢ではない。それは、皆が夢見るものだ。その結果、わたしは皆の夢を司る金魚になる。


わたしは、フユアキとナツハルの、夢の移植を思い立った。2匹に良い夢を見てもらえれば、今以上に良好な関係が築けるのではと思った。それで、悪いと思いながら、彼等の夢を盗み見た。そして、ひどく後悔したのだった。フユアキとナツハルの夢は、どちらも、互いを殺し合う夢だったから。


わたしは、彼等が寝静まってから、エラ呼吸を止め、息を殺し、細心の注意を払って、彼等の、その悪夢を盗んだ。そして、それとは別の、わたしを含めた3匹で楽しく旅をするという同じ夢を、フユアキとナツハルに移植した。


それから2匹は、わたしを追いかけることはなくなったけど、何故か、元気を無くしていった。わたしは心配した。夢の移植技術の不備を疑った。しかし、2匹は相変わらずわたしには優しい。わたしはそれで満足だったが、やはり、日に日に老け込んでいく2匹が不憫でならなかった。


我々は、フユアキの切望する伝説の泉に至る水脈を探しあぐねていた。いくつかの水脈は発見したが、それらは『有望な候補』に過ぎず、そうした水脈が増えていくばかりであった。


水脈の入口を覗き込むと、フユアキの言うとおり、一旦、ソコに入ってしまったならば、引き返すことは出来ないだろうと思った。その水脈の1本1本は、いずれも細く、金魚が一匹泳げるぐらいの空洞しかないから。もし、その水脈が行き止まりなら、そこで我々の冒険は終わってしまうし、そうでないなら、いつまでも水脈の迷宮を彷徨い続けなければならなくなる。


金魚姫/荻原 浩
¥1,836
Amazon.co.jp

王とサーカス/米澤 穂信
¥1,836
Amazon.co.jp

Stories/Avicii
¥1,820
Amazon.co.jp

TRUE/Avicii
¥1,537
Amazon.co.jp