皆さん、おばんです。
ゲロゲーロ、ゲロゲーロ・・・
ほんとうに、身の毛も、いや、身の鱗もよだつキモチ悪い鳴き声を辺り一面に響かせてわたしの前に現れたのは、わたしの天敵、イボガエルのカエルの大将だった。
やばい。やばい奴にテレパシーが伝わった、と思った。このときのわたしは、テレパシーの制御技術が足りなかった。つまり、誰彼構わずテレパシーを送ってしまうため、送りたくない相手にも助けを求めていた。
一体、何しにきたの?まさかわたしを助けにきてくれたの?
彼は答えず、そのでっぷりした腹を引きずりわたしににじり寄る。だらしない口元からヨダレを垂らし、ジトっーとした目でわたしを見つめる。
最悪だ、と思った。死ぬ間際に、こんな仕打ちを受けるとは。神を呪わずにはいられなかった。
確かに、わたしは助けを呼びはしたけど、誰彼なしに、助けてもらおうとは思っていない。わたしだって、助けられる対象を選ぶ権利がある。勝手だろうか?そう。勝手気ままは承知で、ここはハッキリさせたい。わたしは、彼だけには、助けられたくない。
何しに来たの?わたしのブザマな姿を見に来たの?笑いに来た?
大将「ゲロ?ゲロゲロ?」
やばい。何言ってるのかわからない。言葉が通じない。思えば、彼とこんな間近でコンタクトを取るのは初めてだった。とにかく彼のエロい眼差しが不気味で、遠くからドルフィンリングを投げつけて首を締め上げるのが楽しみだった、という奇妙な関係だった。
そして、このときの経験から、わたしは言語変換能力を身に付けることの重要さに気付いた。今ではどんな言語の人間や動物ともテレパシーを使い会話できるが、このときはまだ一方的にわたしの想念を伝えることしか出来なかった。
大将「ゲッゲロ、ゲロゲ、ゲゲゲゲゲ?」
彼はわたしに何かを伝えたがっている。が、わたしにはさっぱりわからない。それなら、と思った。彼の心を読めばいい、と。しかし、いざ彼の心をのぞいてみても、何もわからなかった。心が空っぽだった。いや、彼に心というものが、無かったから。
大将「ゲログワッ?グッゲロ?」
わけのわからない鳴き声を発し、とうとう、大将は大きな口を開けてわたしの身体をくわえた。その次の瞬間、どこからともなくニョロっと現れた蛇のヘビーチーが、わたしをくわえた大将をパクッとくわえた。わたしをくわえた大将をくわえた蛇のヘビーチーに、わたしは必死にテレパシーを送った。
へビーチー、わたしを助けて。お願い。大将を食べちゃって構わないけど、わたしまで食べてしまわないで。
へビーチーはかすかに鎌首をもたげた。それがわたしへの、了解を意味する返答だとわたしは理解し希望を持った。
へビーチーは、わたしをくわえた大将をくわえたまま、ズルズル養殖池に引きずり込もうとした。大将はわたしをくわえたままへビーチーの牙に噛まれて苦しげ
に「グワッグワッ」と喘いでいた。
大将、わたしを放せば楽になれるわ。わたしを解放しなさい。そうしたら、今度は、ヘビーチーと、あなたの解放を交渉してあげてもいいわよ。
そうして、カエルと、さらには蛇との取り引き交渉を始めたわたしは、ともかく生きることだけを考えていた。どうしても生きねばならなかった。わたしのあのときの決意は揺らがなかった。その決意だけが生きるヨスガだった。あのときの決意。そう。自分の運命を変えられないようなら、誰かの夢を司る金魚にはなれない。
大将はわたしとの取り引きに応じて、わたしを放した。わたしは約束どおり、ヘビーチーに、大将を解放するよう求めた。
ヘビーチー、お願い。大将を放してやって。わたし、彼のこと大嫌いだけど、今回は、わたしが彼を誘ったの。同意の上のことなの。いいえ、そういう意味じゃなくて、とにかく、彼を食べないで。
わたしの必死の説得が実り、ヘビーチーは不味そうに大将を吐き出した。吐き出された大将はグッタリして地面に横たわりピクリとも動かなかった。
ヘビーチーも、大将の身体から出る毒にやられて細かに痙攣しはじめて、蛇らしからぬ直角的な動きでどこかに向かおうとした。と思ったら、今度は、わたしをパクッとくわえ、養殖池に引きずり込もうとした。
どういうことこれは?わたしを食べないでって頼んだでしょ?
へビーチーは何も答えず、答えたとしても、わたしはきっと何もわからなかったはずだが、わたしをくわえたまま養殖池に落ちようとする。わたしはパニックになりながらも、彼の心を読んだ。が、彼の心は空っぽだった。いいえ。彼にも、カエルの大将同様に、心というものが無かった。わたしは観念した。
そうして、わたしはヘビーチーにくわえられたまま池に落ちた。と思った瞬間、空から急降下してきたシギのフシギちゃんがガツっとヘビーチーを爪で捉えた。
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