皆さん、おばんです。



わたしは、網にすくわれる瞬間、エラ呼吸を止め、身体の力を抜いた。それから、選別用のフネに入れられてからも、わたしはそのままの姿勢を維持した。案の定、わたしをすくった人間は、フネの中でひっくり返るわたしを汚い手で掴んで廃棄物用の赤いバケツへ投げ入れた。わたしは待ってましたとばかりに、エラで少し酸素を取り入れ、尾ビレを動かそうと力を込めた。が、思うように身体は動いてはくれなかった。


わたしの計画では、トランポリンよろしく、バケツの底に着地するのと同時に、その反動を利用して、胸ビレから尾ビレまで身体いっぱい使って底を叩き跳ね上がって、バケツからの脱出を試みるものであった。


しかし、それまで呼吸を止めていた仮死状態から急に身体を動かし、それもピークの状態に上げるのは無理があった。わたしは息をするのがやっとで、廃棄金魚の山に埋もれ、身動きが取れなくなった。万事休す!わたしの命もここで尽きるのかと諦めかけた。


相変わらず降り続く雨は、わたしたちの赤いバケツに水を溜めていった。


わたしは押し合いへし合いする金魚の塊の中で、水がわたしたちの間に入り込み、その隙間を広げるのを見た。水があって初めてわたしたちがあることの、そのあたりまえを改めて感じた。だから、水がある限り、あきらめたらダメなンだと思った。だから、もっと、もっと、雨よ降れ!バケツから水を溢れさせろ!そうすれば、わたし達も水と共に外へ溢れ出るだろう…しかし、バケツの淵で苦しくもがくわたしを尻目に、人間は、バケツから可燃物用ゴミ袋にそのままザッーとわたしたちを移した。よもや、キセキでも起こらない限り、このまま、家庭ごみとしてわたしの命は終えるのだろう、と考えて意識が朦朧としだしたとき、自分の身体が下へ下へ沈み込むのがわかった。なるほど、重力に従順なる我が身も土に還るのを欲しているらしいと思いながら・・・。それから、遠くで、誰かの誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。


レラ・・・レラ・・


レラ?わたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。ハッとして、目を開けたとき、なんと、わたしの頭がゴミ袋の圧着されたつなぎ目の端の、そのとんがった先からひょっこり飛び出た。そこだけ、穴が開いていたのだ。そこから、水がピューピュー吹き出ている。わたしは、もがいた。頭が出れば胴体も、と考えるがどうにもこうにも、もどかしい。どうして頭より胴体の方が大きいのか。神は不完全な生き物ばかりつくる。同じ大きさにしてくれればいいものを。


レラ・・レラ、サンレラ、サン、レラサンサン、レラサンサン・・・


穴から脱出しようと悪戦苦闘しているわたしの名を呼ぶ声は声援になり歌のように聞こえてくる。


レラサンシャイン、レラサンシャイン、レラサン♪


その声援をはげみに、わたしはありったけの力でもって、ゴミ袋の穴から出ようとするが、やはり、ダメであった。


レラサンシャイン、レラサンシャイン、レラサン♪


わたしを鼓舞する声援が、重圧に変わってくる。もがくわたしを、さらに苦しめる。無理だ。体力の限界だ。ここまでよくやった。そして、皆、ごめんね。遠のく意識に、声援が追いすがる。が、やはり、わたしはそれらの声に応えられない。サヨナラ、みんな、ありがとね、サヨナラ・・・苦しい。お腹が苦しい。死ぬ直前てこんなに苦しいのかしら?安らかな眠りなんてウソ八百ね、生まれて死ぬまでただただ苦しいだけよ・・・しかし、それにしても、わたしのお腹を締めつけるのは、一体、何なの?と思ったら、わたしの仲間のメスたちが、わたしのために最後の力を振り絞ってドルフィンリングを吐き出して、わたしの胴体をギュっと締め付けてくれていた!!そうして、そのお陰で、胴体を頭ほどの大きさに圧縮することができたわたしは、すっぽん!!と、本当に、そんな音と共に、穴から脱出することが出来た!まさにブレイクスルーとはこのことだと思った。が、地面に転がり落ちたわたしは、ピチピチ跳ね回るだけの体力も無くなっていた。


金魚姫/荻原 浩
¥1,836
Amazon.co.jp

王とサーカス/米澤 穂信
¥1,836
Amazon.co.jp