皆さん、おばんです。


何でかわからんけどホームランにハマっちゃったスナメリ探偵ことジョン・ロトン。彼は、カマちゃんこと鎌田ミノル珍入事件の翌日も、しかも朝早く、わたしの閑居へやって来たのでございます。


前日同様、ドアをノックされてもシカトしていたのですが、ジョンは居留守を使わせないための方策として、ドアの外から大声で「Good morning !Mr.Homerun !」と叫ぶのです。わたしはご近所トラブルを恐れて、またもやパジャマ姿のまま自分の部屋からコソ泥のように出て行かなくてはなりませんでした。そうして、ジョンのミニバンに押し込められ、野球をしちゃダメな公園に連行されるのです。わたしはこの歳になって初めて『ドナドナ』の気持ちがわかる気がしました。

というわけで、ホームランを打つ練習を始めて、たった2日にもかかわらず、ジョンの上達は目覚しいものがあり、10球中8球は、見事なライナー性の、それこそデビュー当時の松井秀喜を彷彿とさせるようなアタリを打つまでになったのです。


わたし「若い!打球が若いよ!あんな打球を見るのは、ゴジラ松井が東京ドームのライトスタンドにプロ初ホームランをぶち込んだときに見て以来だよ!バットを初めて握ったのが昨日だなんて信じられないよ!」


ジョン「ありがとうございます。全て、あなたのおかげです」


わたし「何を謙遜なさるか!すべて君のがんばりだよ。あと10年早く野球を始めていたら、君はきっとプロ野球選手になっていたよ。英国人のムスリムで初のプロ野球選手だよ!」


ジョン「だけど、まだまだ、飛距離を伸ばしたいのです」


わたし「距離を?どうして?これだけ打てれば、草野球のゲームなら君は間違いなくホームラン王だよ」


ジョン「わたしの目的は草野球でホームランを打つことではありませんよ」


わたし「じゃあ、何さ?野球でホームランを打たない目的のホームランて何さ?」


ジョン「まあ、それは、いいでしょう。ソレを言ってしまうと、あなたをつまらぬ事に巻き込んでしまう。あなたにそこまで迷惑を掛けたくない」


わたし「何をいまさら、もう十分、迷惑だわさ!」


ジョン「すみません、その理由はともかく、わたしは、200mのホームランを打ちたいのです。いえ、打たなくてはならないのです」


わたし「200m?何を寝ボケたこと言ってんだい、寝言は寝て言いなよ。いいかい、いまだかつて、200mなんて距離のホームランを打ったことある奴なんかこの世にはいないよ。そんな記録も残されてないのだよ」


ジョン「そうですか。しかし、わたしはその記録に挑戦したいのです」


わたし「そうかい。そして、その理由を教えてはくれないのだね」


ジョン「そうです。あえて言うのなら、わたしのプライドのためです。アイデンティティーの問題です。それを否定し、又は干渉してくる奴に鉄槌を食らわすためです」


わたし「うーん、よくわからんけど、飛距離を伸ばすためなら、ティーバッティングじゃなく、投手が投げたボールを打つ方が、その球威の反発力が加わって遠くへ飛ぶかもしれん」


ジョン「それなら、ボールを投げて下さい。あなたが、投手になって」


わたし「いいだろう。君の夢に付き合うよ」


というわけで、それからも、わたしはジョンの練習に付き合わされたのですが、嫌々ながらも付き合っていたのは、ホームランを打つというわたしの叶えられなかった夢を、ジョンに仮託していたのかもしれません。そうして、練習を始めて5日目の朝、この日最高のアタリのボールの飛距離を確かめた後、ジョンは何か吹っ切れたような、納得した表情で、唐突に、練習の終わりを告げたのです


ジョン「今日まで、本当にありがとうございました」


わたし「どういたしまして。ところで、試合はいつだい?」


ジョン「明日です」


わたし「明日?ずいぶん急じゃないか。しかし、打撃練習ばかりで、守備の練習をしてなかったな。大丈夫かい?ちゃんと守れる?ていうか、どこ守るの?」


ジョン「どこも守りません。そして、ホームランも打ちません」


わたし「えっー!?この期に及んで何を言ってるんだい?さんざん練習に付き合わせといてそりゃないだろう!」


ジョン「すみません。心から謝ります。しかし、あなたの言うとおり、ホームランで200mの距離を出すのは難しいと判断しました」


わたし「HEY、ジョン!君は何をわけのわからないことをほざいているんだい?いままで何のために練習をしてきたのさ。試合でホームランを打つためだろう?そして、君の夢はわたしの夢でもあるんだよ。わたしのためにも、絶対ホームランを打ってくれたまえよ」


ジョン「いいえ。無理です。何度も言うように。わたしの目的は野球の試合でホームランを打つことではありません。わたしの目的は」


と言いかけたとき、遠くでジョンを呼ぶ声が聞こえました。耳馴染みのあるカン高い声が。その声の主が、こちらに向かって駆けて来ます。飼い主を見つけた、長い舌をベロンベロンさせた犬のように、です。しかも内股で、全速力で、です。その姿が近づくにつれ、声も高くなっていくのです。


鎌田「ジョーン!ほーみーたーい!!」


と今まで聴いたことの無い最高に高い声を発しながら、カマちゃんこと鎌田ミノルはジョンの身体めがけて、ノーブレーキで突っ込みました。その激突をジョンはガシっと受け止めて、鎌田が担いでいたゴルフバッグからドライバーを抜き取りました。


ジョン「これなら200m以上の距離は余裕で出せます」


鎌田「出して出してー!ジョンいっぱい出してー!」


と鎌田は例の変なノリで絡んできて、わたしは言い知れぬ虚脱感に襲われました。

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