わたしが被災者の皆さんにカレーを提供したのは、海から離れた川沿いにある学校の体育館の前です。カレーを振舞うことを呼び掛けるとすぐに行列が出来ました。そして、そのときになってはじめて、間抜けなことに、わたしは煮炊きするための燃料だけでなく、食器を忘れていたことに気付きました。そのことの不備を詫びて皆さんには器になるようなものを持って来てもらい、それにカレーを入れました。皆さんは実に様々なモノをもってきました。弁当箱やプラスチックのボウル、それまでゴミとして捨てていたであろうカップラーメンの空容器やらなにやら。しかし皆さんは笑顔でした。何も恥じることは無かったのです。何故なら、皆、同じ境遇だったのだから。貧乏人も金持ちも、皆、家を無くし、又は、あっても帰れない状況だったのですから。そういう状況は、普段の日常では得られないものです。我々はいつも差別や格差を感じ生活している。それを見ないふりをしている。しかし実際はある。どこにでもある。しかしあのときは、あのときだけは、皆、平等でした。わたしのモスクと同じ空気が、そこにはありました。わたしの信仰する宗教は、まさにそのためにあるのです。
そこで、わたしは忘れられない光景を目にしました。ある年配の女性が、カレーの列に並んでいました。そこへビデオカメラを携えた男がやってきました。その男は断りもせず、その女性にカメラを向け、突然、こう質問したのです。「あなたがいま、一番困っていることは何ですか」と。それから、今あなたを撮っている映像を流す番組の司会者は総理大臣とも対等に話せる、意見が出来る人間だから、何でも言いたいことがあれば言ってくれ、というようなことを言いました。女性は、本当に心から困ったような顔をしました。女性が質問に答えない、答えられないのを知ると、カメラの男はまた別の人に同じ質問をしました。その人も、また同じように、心から困った顔をして、何も答えませんでした。
わたしは世界中に、このような困った顔が、いっぱいあるのだと思いました。そして、それまでのわたしの人生でも、あんな顔をした人を、いっぱい見てきました。何故、このような困った顔をしている人が世界中にたくさんいるのだろう。世界には、あまりにも不平等や不公平が多すぎる。私達が住む世界をこのようにしているのは誰だろう。何だろう。わたしは、グローバルスタンダードの名の下に不均衡を助長し世界を堕落させる奴らを憎み、又、奴らと闘うことをそのときあらためて誓った・・・おっと、もうこんな時間だ。すみません。少し長くなりましたね。
わたし「うん。長いね。けど、金魚探しているだけのわたしに、あんまりシリアスな本当のことを話さなくてもいいよ」
わたしがそう言うと、探偵の顔に一瞬、影が差しました。いや、そのように見えました。いやいや、そんな気がしました。ていうか逆に、何だか、取って付けたような話だなと思ったのです。新聞記事の切抜きを文字どおり、切って貼ったような話だと。まあ、それでも、知らない人の知らない話しは信じるより他ないでしょう。だって逆の立場ならそうして欲しいし。そりゃ、振り込め詐欺とかは又別の話しだけど。それはさておき、長居は無用、そろそろ帰るべ。
わたし「それじゃ、サーカスの捜索、引き続き宜しくお願いします」
探偵「わかりました。お気をつけて」
わたし「あ、一つ二つ、聞き忘れたことが」
探偵「何ですか？」
わたし「あなたのお名前何てーの？」
探偵「わたしは、ジョンです。ジョン・ロトン」
わたし「ジョン？本当に～？あんたホントはもっと油っぽい、いや、アラブっぽい名前でねーのー？」
探偵「本当の名前です。ウソついたってしょうがないでしょう。そういうあなたは？」
わたし「わたし？契約書に名前書いたでしょ」
探偵「そうですけど・・・そういえば、この店のこと、どこでお知りになったのですか？」
わたし「タウンページ」
探偵「ご冗談を。タウンページなんかに載せてませんよ」
わたし「載ってない？おかしいな。それなら、夢のお告げで知ったか
な？」
わたしはうまくはぐらかしたつもりで質問タイムを切り上げました。ルーシーはあのきれいな歯並びを見せてにっこり微笑みわたしを見送ってくれました。
店を出るとき、ゾロゾロと白い正装した男たちがわたしと入れ違いに入ってきました。
わたしは帰り道に出来た自身の長い影を踏むように大またで歩きながら、白い彼等がカレー屋のベタつく床に跪き南西の方角に頭を垂れる姿を想像しました。彼等が信仰する神に世界の安定と平和を祈っている姿を。その一方で、昇る月に吠えようと崖を駆け上る狼がいることも忘れませんでした。じゃあ、またね。
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