
紗江子が鍵を開け 2人は話をしながら紗江子のマンションの室内に入った。
『なんか 4人で創り上げてる部屋って感じがするわ。
うちとは大違い。うちはどうしても私たちが間借りしてるってのが丸見え。』
『前の家には 戻りたくならないの?全然?』
『なるの。あの夫がいなければ。キッチンもリビングも家具もなにもかも
私が選んだあの家で ゆっくり刺繍でもしながら過ごしたいって思ったりする。
自分の手で その場所を捨てたのにね。夫の隣という場所は捨てたけど
あの家は欲しいなって思っちゃう。』
紗江子は 先入観と洞察力は違うんだな と思いながら茜の綺麗な指先を眺めた。
洞察力で見抜いたはずの茜の生活は 想像とはかけ離れた哀しい時間に覆われていた。
孤独という魔物の存在を知らなくて済む 贅沢で幸福な人種でいられたはずなのに
茜は そこに居場所を確保できなかった損な性格な女性なのだろう。
夫である男性と 打算や計算で生きていない 正直な茜に興味を持ったが
子供の気持ちを優先にしていない直情的過ぎる話には シンクロできずにいた。
一方 茜は紗江子が苦労しながら生活を乗り越え だからこそ今の立場を掴めていると知り
かつて会ったことはないほど 幸せの資格を持っている女性なのだと映った。
部屋にいるだけで 家中に溢れかえっている愛情と信頼。喜びと円満。
心も経済も生活も暮らしも なにもかもスケルトンなのだろう。潔い透明度が見受けられる。
恋愛と言う苦しくも初なステージにいた茜と信哉は 生活というステージに上がってからというのも
極端に会話が 少なくなっていた。
言い過ぎてはいけないと 遠慮しすぎていた。遠慮している自覚と証明を打ち消すために
抱き合うだけの夜の連続。
重ねるたび 奥底まで伝え合える快楽の律動なのに いざ行為が終わると
心の震えへと変わってしまう繋がり方が 怖くて眠れなくなることもあった。
自分にはここしか居場所がなくなったけれど 信哉はここから逃げ出したくならないだろうか?
そして 逃げたいと真顔で答えられるのが恐ろしくて 子供たちの話を避けてしまうし
子供たちにも接触を促そうとできないでいる 臆病な自分にうんざりだった。
年々 生きやすいほど自分を愛している と自覚があった茜だったが
気付くと自分への自信というセロファンが 一枚づつ剥がれ落ちているような気になった。
年を重ねることへの誇りが この数ヶ月のうちに霞んでいるという思いは 茜の心から
なかなか消えなくなっていった。
ランキング お願いしております。
ランキングダウンしております 笑
あらら 笑