■月の出の月は大きい? 月の錯視の話
 本日は日刊☆こよみのぺーじの読者、Y.U さんから頂いたご質問から、お月
 様にかかわる話を取り上げてみることにしました。
 まずはきっかけとなったY.U さんからのメールから始めさせて頂きます。

 ※
 ----- Y.Uさんからのメール -----
 Y.Uさんからのメール
 Subject: 月の大きさ
 いつもマガジン楽しみに読ませて頂き感謝しています。
 先日の満月も綺麗で神々しくて感激しました。
 ところで未熟な質問で恐縮ですが、
 月の出のお月さんは大きくて天上のお月さんは小さいのはなぜでしょうか?
 教えていただくと有り難いです。
 ----- メール ここまで -----

 皆さんもY.U さんがお書きになったように、月が地平線から昇った直後と、
 空の高い場所に移動した後(ちょうど真南に来る「南中」の時が一番高い場
 所に来るときです)とでは、大きさが違って見えると言うことはあるのでし
 ょうか?
 皆さん、自分の経験に照らして考えてみて下さい。

 大きさは違ってる? それとも違わない?

◇地平線近くと天頂近くでは月の見かけの大きさ
 「今日のお月様、どれくらい大きかった?」
 と子供に尋ねると、

 「お皿ぐらい大きかった」とか、「これぐらい大きかった」といって腕を一
 杯に伸ばしてその大きさを教えてくれます。
 でもこれってあまり上手い方法じゃありません。
 お月様と同じくらいに見えるというお皿が目の前にあったとしても、それを
 目からどれくらい離してみたかによって、皿の見かけの大きさは変わってし

 同じ皿でも近くで見れば見かけの大きさは大きくなり、離れれば見かけの大
 きさが小さく見えます。馬鹿馬鹿しいほど当たり前の話ですが、実はこれは
 大切なことです。月だって皿と同じで、天体の月自体の大きさが大きくなっ
 たり小さくなったりするわけではありませんから、見かけの大きさが大きく
 なったり小さくなったりする原因は月とそれを見ている人の距離が変わるか
 らなのですから。

 月と地球との距離は平均38.44万kmといいますが、この距離はどこからどこま
 での距離かというと、月と地球の中心(正しくは重心)間の距離です。

 月と地球の中心の距離が月の出と南中の瞬間で変わるとは考えられません。
 なぜなら、月の出や南中時刻は世界中同時に起こるわけではないからです。
 日本で月が南中しているころ、ヨーロッパでは月が出たばかりという具合に
 それぞれ差があることを考えればわかることです。

 では、何も変わらないかというとそうでもありません。
 私たちは地球という大きさを持った天体の「表面」に住んでいますから、自
 転運動によって、ある時は地球中心より地球の半径分だけ月に近づくことも
 あれば、遠ざかることもあるのです。

  「地平線近くの月が大きく見えるのは、月の出の瞬間に私たちが月に近く
   南中時に月から遠くにいれば話はわかる」

 のです。なるほど・・・。
 ところが実際はどうなるかというと、自転運動の影響で私たちが月に一番近
 づく瞬間とは、「月が一番小さく見える南中の時刻」なのです。
 まるで逆なんです。

 今回の話のきっかけとなったU.Y さんが感激した満月(2023/10/29の満月)
 について、東京と月の中心までの距離を、月の出と南中の時刻について実際
 に計算してみると

  (月出直後)10/29 17時 0分 37.15万km (37.15万km)
  (南中時刻)10/30  0時 3分 36.67万km (37.28万km)

 となります。最後の()の中の距離はその瞬間の月と地球の中心の距離を表
 しています。月と地球の中心の距離は38.44万kmと先に書きましたが、これ
 は平均の値で、実際は月が円軌道でないため、変化するので参考まで示して
 みました。

 この計算結果を見ると、確かに南中時刻に東京で見る月は月の出の直後の月
 より、0.48万km=4800km も近いのです。
 同じ時刻で月と地球の中心距離の変化を見ると、南中時刻の月の方が1300km
 も遠くなってしまっているのにもかかわらずです。

 実際の月の見かけの大きさは月の距離が違い程大きく見えるわけですから、
 この満月の日の計算結果からすると、月が南中した時の方が、月出直後に見
 た月より、約1.3%大きく見えることになるのです。
 なんだか、私たちの感覚とは逆の結果となってしまいますね。

 実は、この月出直後(あるいは月没直前)の地平線に近い月が大きく見える
 という現象は「月の錯視」として知られる現象です。

◇月の錯視
 地平線に近い月(や太陽)などが大きく見える現象は遙か2300年以上も前の
 アリストテレスの研究以来、幾多の学者によって研究されましたが、天文学
 は未だこの本当の理由を突き止めてはいません。なぜなら、この問題は天文
 学ではなくて、心理学の問題だからなのです。

 この問題は「月の錯視(つきの さくし)」といわれる人間の錯覚です。
 なぜ、こういう錯覚を起こすのか、いろいろな説はありますが、どれが絶対
 という答えは得られていません。人間の脳がどんな風に物事を認知している
 のかは、まだまだよくわかっていませんから。

 ということで、なぜ月出直後の月が大きく見えるのかというはっきりした答
 えはわからないのですが、錯覚であることを確認するのは比較的簡単です。
 手近にある細長い中空の筒(なければ、アルミホイルやラップの筒でも可)
 を使って、その筒から月が出てきたときと南中している月をのぞいてみてく
 ださい。

、そして筒を通してみた時と、筒を用いずに普通に眺めたときの月の見かけの
 大きさの違いを確認してみてください。
 筒を通したときと普通に眺めたときでは大きさが違って感じられるはず。

 もし、本当に大きかったら望遠鏡などでのぞいているときだって、大きく見
 えるはずですが実際にはそういうことはないので、望遠鏡をのぞく機会の多
 い人などはすぐにこの月が大きく見える現象が錯覚と気がつくのですが、普
 通は自分の脳にだまされて、

  ああ、大きな月が昇ってくる!

 なんて思っちゃうのです。
 遠い宇宙の天体より、案外自分の頭(脳)の方が謎が多いのが人間みたいで
 すね。

 なお、この月の錯視は、太陽についても同じで、日出没時の太陽もやはり、
 空の高いところにある太陽より、見かけの大きさが大きく感じられます。

 「月の錯視」現象は錯覚・・・とはわかっているのですが、それがわかって
 いても、やっぱり上る月を見るたびに

  うわぁ~、大きなお月様!

 と感じちゃいますね。こればかりは「わかっちゃいるけど止められない」。
 本日は遠い天体の不思議以上に不思議な、人間の脳が生み出す月の錯視の話
 でした。

 U.Y さん、こんなところでよろしいでしょうか?

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)

オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2023/11/05 号