日本の「家族」の在り方について~婚外子相続分違憲判決の考察~ ⑥おわりに | mi-column(ミコラム) ~時事ニュースから社会を読み解く~

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 日本人は、古くから現在まで、個人よりも集団内の協調性を重要視する傾向があり、他者と協力し助け合うことができるという才能を持ち合わせています。これは、他の国には類を見ない日本特有の長所であり、誇りにすべきことでしょう。しかし、裏を返すと、日本人は、既存の思想に縛られやすいという傾向も持ち合わせています。古くからの又は多数派の意見を尊重するがゆえに、それ以外の選択をすることは「悪いこと」と考えやすく、その傾向は、「家族」の問題に限らずとも、日本の抱える問題の至るところに存在しています。

 

 民法の改正によって人々が「家」から解放され「個人」として意思決定できる世の中になったように、また、最高裁判例により婚外子が「家族」のイメージから解放され、平等な権利を手に入れることに近づいたように、現状とかけ離れた既存の考え方は、どこかで修正していかなければなりません。そして、既存の考え方からの脱却は、法や制度が変わることによって可能にすることができるのです。

 

 思想や文化を壊してしまう危険性から、法改正は慎重であるべきとする意見も多く見受けられますが、変化を恐れるあまりに何も変えないでいることは、本来人間にとって重要な、“家族を作ることで得ることができる「生きる希望」や「幸福感」”を軽視する結果に繋がりかねません。

 

 どんなに社会や文化、法律や制度が変わったとしても、日本国民の根底にある集団を思いやる精神それ自体は変化することはありません。多様化した社会の中でも、そうした日本人らしさや本来の人間らしさを存分に活かせる社会を実現させていくことこそが、いま国に求められているのです。

 国民一人一人が、既存の概念から解放され、自分だけの人生をいきいきと実現していける、そのような社会が一日でも早く実現することを切に望んでなりません。
 

 

 第1回目コラム 完


※最後までお読みいただき、ありがとうございました。次回もお付き合いいただけたら幸いです きのリンゴ