ぽつり、学校に隣接された公園のベンチに座り、直角に折れた首の痛さも感じないほど、ただただ空から落ちる雪を眺めていた。


始めは曇った空と同化していたのに、だんだんと形が浮き出て大きくなっていく。目の前に降りる頃にはもう、わずかにその自然が生み出した繊細な細工も見えるくらいに。








「おまえ、何やってんの?」

突然白ばかりの視界に飽きるほど見知った顔が現れた。

金色に近い髪の毛が無機質な蛍光灯の下で見るよりも眩しかった。今は。


バイト帰りのユウゴは僕の隣に腰を降ろした。


「ったく、バイトも学校も無いのに、朝から何やってんだかなぁ。」


ユイさんと会うことを話してはあったが、あたかもぼんやりとでも察しているような。それがこいつのありがたい所で、言葉少なな僕がずっとこいつとつるんでいる最大の理由かもしれない。


「フラれたか?」


回りくどい言い方をしないのも、案外気持ちにぴしゃりと区切りがつくもんなんだなぁと、それもまたありがたい。


「逆にフラれたかったかも」


意外と自分の声音がそれほど暗くはないのに自分でも驚いた。けれど静かにゆっくりと、僕は昨日の出来事を話し始めた。
深い闇、見上げた空はどこまでもどこまでも終わりがなく黒い。

暗い。

真っ暗で。

包み込まれた身体は細く儚くて。壊れてしまうくらいなら、いっそ闇の中で生きよう。
誰も見てくれないのなら、誰にも見えなくなればいい。

いっそ、誰も見つけられなければいい。
誰かを見つめるだけでいい。


あなたは愛せない。
視線を注ぐ存在を、感情を注ぐ存在を。
愛されることを拒み、愛することだけを望んだ。
自分を見つめない存在を、自分に思いを寄せない存在を。


あなたの生きる世界は皆冷たくて、
あなたの生きる世界は感触が無くて、
全てはあなたの脳内で廻る。
あなたの頭の中だけで繰り広げられる世界。

めくるめく世界は、触れられなくても、あなたを拒むことはない。

それがあなたにとっては心地よい世界なのだろう。






僕の、僕は、どうにかあなたの世界に潜り込み、その深い闇に包まれた。

一緒に闇に溶け込んでしまおう。

あなたが僕を見てくれるまで。
僕があなたを見つけたように。

今度は僕を見つけて。
深い闇の中で、僕の世界を見つけて。

憧れや希望に絶望したあなたへ。

憧れや希望に身を滅ぼしたあなたへ。

触れられることはこんなにも温かいんだよ。

あなたの紡ぐ言葉のように。







どんどん、どんどん、降ってはアスファルトをグレーに染め上げる東京の雪のように。

僕の心に積もればいい。

そして春を迎えればいい。







見上げた白い空からは、ただただ白い雪が落ちる。

僕の眼鏡に、頬に、髪に、唇に。

どんどん、どんどんあなたが僕に触れては溶けていく。







初めてあなたに会えた次の日の朝は、突き刺す程の寒さが、雪を連れてきた。




学校は冬休みだというのに、僕は朝から冬空の下にいた。


雪にはしゃいぐ子供でもなしに、今の僕はただ雪に包まれたかった。

淡い間接照明の影が俯いたユイさんの表情を隠す。
ぽつりぽつりと低い声で話し始める。

「昔ね、ハタチの頃二年くらい付き合ってたひとがいたの。彼はあたしの事をよく叱ってくれた。最初はそれが愛情だと感じていたの。真剣にあたしの事をおもってるからだって。

“お前はいつもマイナス思考だからダメなんだ”

“その態度、言葉遣いやめろよ!”

“お前いかねーの?空気読めよな!”

“そんな考えだから仕事もうまくいかないんじゃねーの?”
…って。それが全て正しいと受け止めた。あたしは思考から行動まで、全てを彼の理想とするように変えようとした。彼が大好きだったから。彼に怒られまいと、嫌われまいと、必死だった。彼が直せと言った所は全て直さなきゃと努力はしたものの、やっぱりハタチにもなると人間の本質的な所は変えるのは難しいのよ。
もがいてた。苦しかった。変えたくても変えられない自分に苛立ち始めて、彼の前で失敗ばかりを繰り返しては、自己嫌悪になっていったの。大嫌いだった。そんな自分がどんどん嫌いになっていったの。
殺したいくらいに…。」

最後の一言は絞り出されたような声だった。それから吹っ切れたように、口元を少しだけ緩め、テーブルの上の半ば平らげた料理達に所在なさげに視線を置いて続けた。

「そんな事考えてたらさ、なぁんか疲れちゃって。この人は本当のあたしを見てはくれない。自分の理想をあたしに植え付けようとしてるんじゃないかって。あたしを理解しようなんて気持ちはこれっぽっちだって見られなかったもの。褒めてもらったことだって一度もなかった。
そこからは悲惨だった。自分に自信が持てなくなっちゃって、そしたら人間って、彼どころかもう周りの全てがあたしを非難してるんじゃないかって気になってくるの。だからあたしは世の中に居場所を作らないことにした。居場所なんてないんだって。もう諸刃の剣よね。他人に傷つけられまいと他人を、世の中を拒絶したの…。
…そして、紙の中に逃げ込んだの…。
触れられなければ、痛くはないもの。」
小さくため息をついてから、温くなったビールを一気に喉に流し込んだ。そんな悲しい事実を必死に消化するかのように。