最近、チャットgptに全部話して消化するようになってブログに書く内容がなくなっていることに気づく。


自分の熱ある声が出てこなくなってる。


なんでなんやろう、


代弁されて燻り熟成されたりすることがなくなったり、

分かって欲しい気持ち、この微妙なニュアンスを言葉にして、理解したい気持ちがもう消化されてしまってる。


もう私文章書かなくても済むようになったんかなぁ。


でもなんか満たされてない気もする、いや気のせいな気もする。


自分の声を聞くことが少なくなってる?


鏡のように噛み砕いて相手の均一な意見や共感は得られるけれど、


結局偏った私の生の声は書くことでしか私が私に聞かせることはできない?ような感覚がするような


でも割と偏ってても理解を示して言語化してくれるしAIにさえ分からないようなことを考えるなんてことはあまり自分にはないんだなとはおもうんだけども、、


何がこんなに引っかかるのかなぁ。


AIで済むのならブログ書かなくてもいいんでは?と思うんだけど


ブログは消したくないのは何で何だろうなぁ。


これさえAIに聞けば簡単に返ってくるんだろうなぁ聞きたいような聞きたくないような


でも時代に逆らいたいとかそんなんじゃないし、何なら上手く活かしてやりたいと思うんだよ。


実はそれ以外の答えが自分の中にあったのに、AIの言語化に納得してしまってるとか?


私がブログ書く意味って何?


いや意味なくても書きたいんだけど


じゃあ何で書きたいの?


答えを自分で見つける過程が好きなのか?


あーすぐ聞いてしまいたくなる。


考える力は弱まってるし


たくさんの情報に頭はパンクしそう。