実家に行ってきました
本当は行きたくない所
NO1なのですが
伯母が山菜を送って来たので
取りに来い!と
「はぁ〜〜、別にいらんけど」 とは
言ったけど 頭をよぎったのは
先日観た伯母の住む地の神社の写真
(前ブログとは別場所)
あ〜そういう事かぁ〜と
行ってまいりました
あいも変わらず
顔を見るなり愚痴を聞かされたので
畑に逃げて ヨモギとヤグルマギクを摘んで
帰ろうとしたら姉が来てしまったので
姉と二人で買い物に連れて行って
「これって 介護系のサービスの
買い物補助の仕事と一緒なんじゃない?
↑(実はそういう仕事があるかどうかは知らない)
仕事なら
お金をもらえて 有難うって感謝されるよねぇ?
でも親子関係だと 当たり前にされるじゃん
おかしくない?
他人だとお金を貰えて感謝されて
身内だとあたりまえって?????」
「ほんと ばばぁ むかつくよね」
(姉と私は●家 母被害者の会 会員№1・2)
って話になって
重い荷物を私たちに任せて
のこのこ車に戻った母に訴えてみました
人の話や自分の非を認めれる
強さのない人なので
始めは いや、 でも、そんなこと
と否定をしていました
じゃぁさあ これを私や姉ちゃんじゃなく
「KさんちのMちゃんが
やってくれたらあんたどうする?
めっちゃ感謝すっるよねぇ???
TさんちのY君だったら?
私がした時と感謝の度合いが
絶対に違うよねぇ?
それ おかしくない?」と聞いたら
さすがに 認めてくれました
(!!母が聞き入れた?!)
まったく同じことなのに
相手によって
感謝の度合いが変わるのって
理不尽ですよねぇ?
この理不尽の根本は
当たり前 の中にある気がします
親が子供を育てるのは 当たり前
子が親を見るのは 当たり前
世の中はそうでないことも多いのに
それが正しいと
刷り込まれているように思います
これは 理想論であって
こうあれば 良いのだろうけど
上の二つの当たり前がベースにあると
他人の立場や都合は考慮できても
親子間では相手の都合や立場を
考慮することは薄れるのだと
母と姉とのやり取りでかんじました
1・何かをしてもらう方が(受容側)当たり前
満足感はなく
(もっと、もっと)
している方(供給側)には
疲労と不満が募ります
(やって やってる)
2・受容者に表面的にでも感謝があると
(不満はあるがお礼は常識)
(金を払ってるからもっとやれ)
供給者は疲労ぐらいで済みます
(くたびれたけど 感謝されてるから)
(むかつくけど お金を貰ってるしね)
3・受容者に心芯からの感謝があると
(やって頂いている)
供給者は報われるのでもっと頑張れます
(やらせて頂いている)!! どっちも貰ってる!!
私の思いつく限りをめちゃめちゃ整頓して
三つぐらいにしたけど
私には
1は地獄パターンで
2は一般的で
3は理想かな
少し前は地獄の1番で母と戦っていたけど
今は2番によりぎみ?
母と3番になれるかは棚上げしておきますね
ってかなりたくないか・・・
だって~色々有るからぁ~~![]()
あぁぁああぁぁぁぁぁx~~
~~~~~~~~~!!!!!
面倒くさい~~~ ![]()
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