モーニング娘。’19のおよそ50分間のステージは、まさしく瞬く間に終わってしまいました。しかしあの時抱いた感動は一週間経った今でも私の胸の中に確かに残っています。それがいったいどのようなものであるか説明しがたいところですが、ステージを見る前とその後では私の気持ちの持ちようが異なっていることは間違いないようです。きっとそれは期待感が満足感に変わっただけだと人は言うかもしれません。しかしながら満足感とはこのように気分が高揚し、熱く滾り、心が震えるものなのでしょうか。やはりそのようなありきたりの感情とは違い、私は今、勝利の美酒に耽溺するが如くその余韻に浸っていると言えます。

 

6万人以上収容できるというグラスステージは、奥の方まで人波が続いています。それは単に数的にスペースを満たしているだけではありません。一人ひとりの歓声が大きなうねりとなって巨大なステージを包みこみ、やがてそれは勝利の雄叫びを形成するに至り、私はその6万分の1の存在として、拳を突き上げ、声を出し、精一杯のアピールに努めます。なぜならばこのフェスを主催する渋谷陽一さんがそうすることを求めたからです。「勝たせたいじゃないですか。そのためにはみんなの大きな声援が必要です」私の中で彼の言葉がこだまします。この地に馳せ参じた者はすべからくそうしなければならないのです。

 

私たちの力の限りの声援に対し、モーニング娘。’19のメンバーたちは圧巻のステージを見せつけます。渋谷陽一さんは「いつも通り」と言っていましたが、6万人を前にして気分が高まらないわけがありません。6万人の轟音のような大声援を受けて興奮しないわけがないのです。しかし彼女たちは知っています。どんなに気持ちが高揚してもやはりいつも通りのパフォーマンスをやらなければ観客を満足させることはできないことを。感情に任せて声が上ずってはいけない。震えてもいけない。いつも通りのベストパフォーマンスを展開する必要があるのです。

 

そうした中、佐藤優樹さんは堂々のセンターポジションで余裕の笑みを見せます。それは一頃のファンサービスを意識した表情とは異なります。彼女本来の魅力となる自然な、ただ音楽が好きで、リズムに合わせて踊ることがこの上なく楽しい様子で笑う、あの時の、つまり端的にデビュー間もないころの笑顔に通じます。そして彼女は6万人の大観衆に対しさも満足そうに頷き、更に彼らを従えようとします。50分間ノンストップ、MCなしメンバー紹介なしの14曲連続披露。彼女は叫びます。モーニング娘。にかかって来いと。かかって来い・・・確かに彼女はそう言いました。これは通常、強者の論理で発せられる言葉と理解します。意識下で必ず勝つことを前提とするのです。それではいったい誰に勝とうと言うのでしょう。

 

渋谷陽一さんは自身の演説でレイクステージからグラスステージへと移り、その巨大なステージを人が埋め尽くし、大きな声援が起こったとき、モーニング娘。が勝つことになると説明しています。この論法では、観客動員数やそのボルテージを基準に他者を比較対象とすることを想定します。しかし佐藤さんは、モーニング娘。を勝利へと導こうとするおよそ6万人もの大観衆を相手に大上段に構えて挑発します。そして私たちはまんまとその策略に引っ掛かり、彼女たちのパフォーマンスに熱狂し、演繹的にその勝利を確固たるものにさせられるのです。

 

佐藤さんの計画には続きがあります。グラスステージを埋め尽くす、モーニング娘。をなんとか勝たせたい、彼女たちの勝利を目撃したいという人々が歓喜するだけでは飽き足りません。きっと佐藤さんは他のアーティストとの比較など一切度外視しており、つまり観客を多く動員し、そしてその熱狂の度合を高めることなど彼女にとってそれはあくまでも目的のための条件に過ぎないのです。それは犯行による利益がどのようにもたらされるのかを考えると理解が進みます。果たして私たちはモーニング娘。によって感無量となるのです。