男のスマホに別れた妻から突然メールが入ったのは、実に5年振りのことだった。ふたりは離婚届に判を押して以来会うことも話すこともなかったが、それが余計にこの一通の存在を際立たせた。ふたりの間には二十歳になる息子がいて、元妻が親権者となっている。昨年建築系の専門学校を卒業し、大工の見習いをやっている筈であるが、きっと息子に何かあったということなのだろう。男がこうした想像に至るのはそう難しいことではなかった。

 

彼女のメールの内容はいたってシンプルだった。息子が昨夏、会社を辞めたこと。その後タチの悪い輩と付き合い始め、現在その輩に騙されて金銭トラブルが生じていることが綴られ、息子の相談に乗ってやってほしいと丁寧語で添えられていた。男はため息をつき、離婚後初めての連絡が結局金がらみであることにうんざりしたが、それでも自分の子供の窮地を案じない親はなく、金で解決できる話であればどうにでもなると思いすぐに息子のスマホに電話した。

 

程なく息子が応答したが、電話の後ろで元妻が感情的に話している声が聞こえてくる。どうやら息子自身は楽観的なようで、父親からの久し振りの電話に迷惑そうである。それでもこれまでの経過を細かく話し始めたところから少なからず相談したいという意思は感じられる。男は息子からトラブルの概要を聞き、どう対処すべきか考えた。

 

息子のことだから、親に迷惑をかけぬよう自分でなんとかしようと思っていたに違いない。しかしながら図らずもトラブルが露見してしまい、それで元妻がヒステリックに詰問し、埒が明かないと見るや別れた夫に連絡したというわけだ。一方息子はというと、既に自立した大人である筈があろうことか親の助けを必要としていることに自身の不甲斐なさを恥じているようである。それでも自分ではどうしようもなくなっていることも事実であり、それで消極的ではあるが父親の電話に応じ、そして一度話し始めると、今まで我慢してきた感情が溢れ出しトラブルの詳細を語ったというところだ。その様子から息子は父親になにがしかの対応を期待していると言える。その期待を決して裏切ってはならない。もちろん金で解決することは容易なのだが、トラブルをそのような俗物的な方法で処理しては、親の務めを果たしたとは言えない。この場合一番適しているのは、やはりまずもってその輩と会わなければならないということだ。

 

男はひとつの考えに落ち着き、息子にこう言った。「その人とお父さんが会って話をする。会う段取りを取りなさい」息子は父親のふるまいをどのように感じたのか、ひとまずその指示を履行することを約束し、電話を切った。その後、息子からの連絡はなく、後日しびれを切らした男が再度息子に電話するが、トラブルが解消された旨だけが告げられた。季節は春である。陽だまりには小さな芽があるだろう。時が来れば、それは必ず美しい花を咲かせることになる。