昨日、実家に帰りました。高速に乗って約2時間。実家の近くのスーパーでお惣菜を沢山買いました。麻婆豆腐、サーモン巻き、寒ぶり刺身、牛カルビ重、イカ焼き。その他はアパートに持ち帰る用に釜飯弁当や焼魚など。両親へティラミスやお萩、みたらし団子を買って向かいました。
夜19時30半頃。ウチは解散が早いので、訪ねて行った頃にはもう両親共夕飯とお風呂を済ませて父親は二階の自分の部屋に。母親は部屋は無いので一階のリビングに。いつも通りです。私が玄関をガチャガチャすると母親はいつも大きい声で「ハイハーイ」と出てきてくれます。
昨日もオカンは私を見るなり「あれ!仕事は!?」と一瞬言って全てを悟って「まぁ入りな入りな」とハイテンションで迎えてくれました。「○○(私)帰ってきたよー!!」と二階に居る父に声を掛けて、降りてくるまでの間台所でお茶を沸かしながら私の話を聞いてくれました。
ずっと体調が悪くても働き続けていた事や、会社の倒産・存続等は随時話していましたので、今回私が体調不良の限界で仕事を飛ばしてしまった事を言っても「そうかー!」「むかつくよなー、うんうん」「私も最近食べ物気を遣ってさー!」なんて明るく話を広げてくれました。母はむやみやたらに私の体型については触れてきません、優しさでしょうか。私は親に嘘をついて拒食気味で喉が通らないと言っているので、少しでも何か口にすると喜んでくれます。母自身ダイエットしているのに、私がお菓子を食べると一緒に食べてくれます。
父親が二階から降りてきて私を見るなり「何やその体は!」と怒鳴りました。ダボダボのパーカーとデニムを着ていったのですが、顔を見てなのか首や手首を見てなのか更に痩せた事が一瞬でバレてしまいました。「いい加減にしろ!」と。骸骨みたいで気持ち悪い、老婆みたいだと。そりゃそんな体で働けるわけないだろと。今回仕事を飛ばした件を話すと「当たり前だ!誰がそんな体で働けるんだ!」「こんな体の従業員が休みたいって言って休めないなんて殺人と一緒だぞ!どこからどう見ても体調不良だろ!」「入院させろ!」「普通ならこんなに痩せていく従業員を見て会社側から気付くべきだろ!」と、もう空気はお通夜でした。オカンも下を見て黙っていました。
私の存在が皆を不幸にしていくのを感じました。
会社にも迷惑を掛け、親にまで不快感を与え、仲良くしてくれる運転手には愚痴ばかりで嫌な思いをさせ、私は害でしかない事を痛感しました。なにより先程まで楽しく話してくれていた母親のあの辛そうな顔を見ると心臓がえぐられそうでした。逃げたくなって、大声を出して泣き喚いて気狂いになってしまいたかった。
涙は出ませんでした。早くこの場から消えてしまいたいと淡々とお惣菜やお弁当を食べました。感情を持ったら崩れそうな気がして、ただひたすらに食べ物を見つめては口に入れました。オカンごめん。だけども、嫌な事まで言わせてしまったオトンへもごめん。私が逃げたせいで迷惑を掛けてしまっている元彼へもごめんなさい。もう全部が嫌になりました。
それとなくその場を乗り切って、それとなくバイバイして上手くかわせた後は車を10分程走らせて24時間のスーパーで吐きました。何も考えていませんでした。淡々と出ていく唐辛子や、サーモンの筋、胡瓜、イカ。数回胃の中を濯いだら寒くて震えていました。水が刺すように冷たくて痛いのでチューブを洗うのを辞めて、ポリ袋に突っ込んで店内で買い物しました。沢山買いました、夜な夜な食べて出すように。帰りの高速は大雨でした。トラック達がじゃんじゃん抜き去っていきます。視界不良なのにすごい速度です。涙がこぼれました。私はしばらくトレーラーに乗れないと。ここでやっと現実に戻った気がしました。
トレーラーの運転が好きだった。4トンよりも10トンよりも、私はトレーラーの運転手だぞと誇りに思っていた。女でもこんなに走れる、こんなに知恵がある、自信があった。今じゃどう。何も残っていませんでした。大事にしていたプライドは一晩で消えました。あんなに辛くてもあんなに苦しくても踏ん張ってやってきた事実は、一度逃げたら全て水の泡でした。何だったんだろう。今となっては、お風呂も入れず汚部屋で、起き上がれない、食べて吐いて寝てを繰り返してヨダレすら垂れ流し。昨日までの私という人間はこんなにも一瞬で消えてしまって今日の私は精神疾患骸骨ニート女になりました。儚いものです。気持ち良いほどに人生転落劇です。
昨晩母からショートメールがありました。34歳にもなって親にこんな文字を打たせて私は地獄行きです。ごめんなオカン。本当にごめん。欠如品でごめんなさい。
どうしたらいいのか分からなくてオーバーフローして逆にただ泣いてまた食べ始めて詰めています。時間になったら吐かないと。
