息子は幼稚園~小学校低学年まで「宇宙飛行士」が夢だった
高学年から今に至るまで「JAXAで土星の研究がしたい」と言っている

夢がぶれない

サッカーが楽しくなっても
サッカー選手を夢見ることがなく

落語が面白いといっても
落語家になりたいとは思わなかったようだ

子供は夢がころころ変わるものかと思っていた

しかも、そもそも宇宙飛行士になりたかったのが
私の一言だったのだ

私の祖母がなくなって
悪いことをしたときに

「大きいおばあちゃんが宇宙から見てるよ」

「宇宙のどこ?」

「土星のわっかに座ってるんだよ。ちゃんと見えるんだから」


こんなたわいない会話
これが息子にはセンセーショナルだったということか

どんな話がHITするかわからないもんだ

ここから宇宙に興味を持ち、土星に興味を持ち
土星のわっかに興味を持ち
ガス惑星の成分に興味を持つこととなった


さて
こんな息子に私が言い続けてることがある
それは、いつか変わるだろうと高をくくっていても
変わりそうもない夢を持ち続けてる息子に危機感を感じたころの事だった

<夢はかなわないことが多い、どんなに努力しても>

ということだ

スポーツ選手だって大変なのに
それ以上に狭き門

天才でもなく
実に平均的な息子がどんなに努力しても
叶うとは言い切れない現実

夢を持つことはいい
夢に向かって努力することはすばらしい

しかし、だからといって夢は叶わない

努力したって運も大きく作用する

親なんだから応援しなきゃ
と何度も言われた

応援はする
しかし、
<夢は努力すれば叶うよ>
なんて口にできなかった

夢をかなえることは
特に息子の夢はそうやすやすかなえられる夢じゃない

それに、夢をかなえることが幸せであるとも思えなかった

夢をかなえることと天職と思うことは別だと思うし
やってみなきゃわからんことだと思ったから


今、息子はそれを理解している
夢は持ってるけど、それ以外の道だって決して悪い道ではないということ

冷たいかな
親として間違ってるかもしれない

私も夢に向かって走ったことがあった
でも、その世界は私が思った世界ではなかった
だからあっさり方向転換をした

それも悪くなかったと思っている

ただね
ひとつだけいえるとしたら
夢を追って努力する日々は決して無駄じゃなかったよということ

息子の未来
どんなものだろう

宇宙飛行士でもいい
研究者でもいい
サラリーマンでも、どんな仕事しててもいい

私の夢はただひとつ
息子の人生が幸せであること
それだけなのだよ