本日よりブログをはじめることにしましたmhr106です。
自己紹介にも書きましたが、いろいろ思うところもあって
ちゃんと自分の考えた軌跡を残し、できれば共有していく中で
新たな気づきや発見を得られればと思ってはじめたものです。
このブログでの基本的な方針としては・・・
★ なるべく平易な言葉で書くこと
☆ 情報にはソースを可能な限り付けること
★ 公務員としての守秘義務の中で書くこと
☆ プライベートではなく、社会的な内容を扱うこと
★ 思想信条・主義主張に関係なく、話をすること
☆ ご批判・ご意見・ご質問には可能な限りお答えすること
・・・の6点を心がけようと考えております。
基本的に真面目な内容が多く、自分なりに客観的に書くつもりですが、
人間というものはどうしても主観的な要素を完全に排除できないものです。
そこで、自分のレンズがどのように曲がっているかを自覚し、
常に気をつけることが重要であると同時に、
何か意見を言う者はそのレンズがどのような経緯で
形成されてきたかを可能な限り、説明する責任もあるでしょう。
ですから、最初のブログは「自己紹介」にさせていただこうと思います。
自分は1988年生まれでバブルなんて物心付いたころには知らず、
ひたすら不況と言われる時代を生きてきました。
親の仕事は自衛官であったため、全国を北から南まで転勤し、
その中でいろいろな人に出会う機会に恵まれました。
引っ越すたびに新たに友達を作らなければならない経験は、
自分自身を他人に対して寛容にしたと思います。
というのも、自分自身をいつも受け入れてもらう必要があったからです。
今でも、基本的にはどのような人に対しても平等な姿勢はあると思います。
そういった環境の中、たまたま友人には恵まれ、家族にも恵まれたので
自分だけでなく、周りの人々も大切に思う気持ちが自然と育まれたように思います。
また、自衛官の父は戦争映画をよく見ていましたし、
祖父母からも戦争体験の話を幼いころから聞いてきた経験から
小学校の修学旅行で長崎の平和祈念館で知った原爆のことを考えるようになっていました。
大切な人々の命を簡単に奪っていく戦争とはなんだろうか、
同じ人間なのにどうして殺しあうことができるのだろうか、
そして、「多くの人がいつも笑顔で尊重しあいながら生きていく社会をどうやったらつくれるのだろうか」
・・・気づけばいつもそんな問題意識が頭にあったと思います。
中学・高校では基本的にひょうきんなキャラでしたから、
そんなことを人に言ったこともなかったのですが、
高校時代にあったとあるうれしい経験から
そういった問題をやはり突き詰めて勉強しようと思い、
田舎から出て、大学では国際政治学を専攻することにしました。
ただ、自分にとってはじめての一人暮らしはそんなにうまく行きませんで、
結局バイトに明け暮れつつ、大学の授業にはほとんど出ない大学時代を過ごし、1年留年してしまいました。しかし、勉強をしていなかったつもりはなく、自分なりに国際政治関係の本を読んで独学していました。
自分自身を律せなかったということもありますが、単純に大学の授業がつまらなく、やる気のない教授にもうんざりしていたというのもそうなってしまった理由かもしれません。(それを含めて「頑張れよ」と言われればそれまでですが)
最初は研究者として国際政治を突き詰めていこうとも思いましたが、
理論を勉強する中で、理論家と実務者との間の溝のようなものを感じるようになり、どうしても自分自身が「机上の空論」家になるのではないかとも感じていました。
というのも、国際政治学はもっぱら平和の問題を扱いますが、その主体はあくまで国家であり、どうしてもそこに住む一人一人の人間は捨象されてしまいます。そして、国家の安全にとってもっとも大きな脅威とは、基本的には他の国家(敵国)が想定(assumption)されています。
自分は、大学で学ぶ中で国際政治学のこういった暗黙の仮定に疑問を感じました。当然ながら、国家の安全とは、一人一人の人間の安全とは限りません。
戦争は大きな脅威ですが、戦争さえ、起きなければいいのでしょうか。
もっと広い視点から、「人々の生活を守る」ということを考えてもいいのではないか。
考えてみれば、人々の生活を破壊する脅威はたくさんあります。
特に東日本大震災の経験はその思いを強くしました。
いや、それだけではありません。
地震以外の災害、虐待やDV、手抜き工事、経済的な困窮、交通事故、犯罪・・・
戦争はこういった脅威の中の一つでしかありません。もちろん、戦争はもっとも大きな脅威であるとは言えます。だから、この分野を研究する意義は理解しているつもりですが、戦争の蓋然性は数字で見れば確実に減少しています。
(中国、北朝鮮など新たな脅威があると主張する方もいるでしょうが、自分は今よりも冷戦期の方がよっぽど危険だったと思います)
蓋然性が低下している中で戦争を研究することはえてして、「机上の空論」になってしまうのではないか。将来の大きな脅威だけを見て、目の前の小さな脅威を無視してしまってはいないか。取り除けたはずの小さな脅威を。
そういう思いを強くしたのです。
そこで公務員という選択肢を真剣に考えるようになりました。
しかし、世の中はすでに国家主導でなんでも解決できる時代ではありません。
特にグローバリゼーションの進展によって、問題は複雑で多面的になり、
一部の人間ではすべてを解決することが困難になりつつあります。
いわゆる「分権化」と呼ばれる潮流です。
そう考えるとき「人々の生活を守る」ことに少しでも貢献できるのは
やはり地方公務員だろうと思ったのです。
また、国家と違い、一つの分野ではなく、
様々な職場を経験できるというのも自分にとっては魅力でした。
というのも、人は一つの視点だけでは視野が狭くなるからです。
田舎に帰るというのも一つの選択肢でしたが、
どうせなら大都市の地方公務員のほうがやれる仕事も大きいと思い、
関東のある基礎自治体で今年から働いています。
部署は明かせませんが、なかなか変わったところに配属されまして、
今はそこで仕事を覚えるのに必死です。
しかし、積極的な意味で公務員を選んだからには、
組織に埋もれて終わらず、視野を広く持って頑張るつもりです。
このブログをはじめたのもそういった文脈からです。
・・・さて、とりとめもなく書いてしまいましたが、
少しはどのような人間かご理解いただければ幸いです。
どんな思想家もその時代背景や環境から無関係に思想を紡ぎだせません。
自分がこれから綴るブログもこういった背景とは無縁ではないでしょう。
皆さんが今後、自分のブログにお付き合いいただけるなら、
「こんなやつか」ぐらいでもいいのでご理解していただけていればいいかなと思います。