#01 宇宙の地

 I.C.(If Century) 2017年。

 アニメでしかできなかったことが現実にできるようになってきたこの昨今。

 さすがに空飛ぶ車まではいないが、クルーザーモードによる自動運転交通や人員輸送が可能になっている。旧世代では宇宙ステーション作りで手一杯だったものが、今やコロニー建設の真っただ中にある。

 かの有名な[機動戦士ガンダム]シリーズの専売特許であったものが

現実に作られ始めているのだ。

 今はそのコロニー建設の建設従事者の雇用が盛んで、その規模が広大で巨大ゆえに世界中のゼネコンの職員・作業員を結集させている。

 

 俺もその一人。

 コロニー開発・建設に必要不可欠なMS《モビルスーツ》の開発・運用に憧れて、この職種を選んだ。MSは件の[機動戦士ガンダム]シリーズより、アニメから現実へ具現化されたものの一つだ。前身となったのは、そのアニメのプラモデル 通称[ガンプラ]だが、それを動かして遊ぶ[ガンプラバトル]を基本操作マニュアルとして開発が進んだ。その結果実を結んだのが、実際に人が乗って1分の1スケールの巨大な[ガンプラ]、すなわちMSである。そしてその試作機がコロニー建設のための建設機械〔作業用MS〕として投入された。コロニーの外装パネルなどは大型なため、人力でも既存の重機でも設置が困難である中、MSの施工性は抜群の能力を発揮した。

 俺は宇宙建設系の学科がある大学を卒業し宇宙開発・建設系の職に就いた。世界規模で欲しがられる人材は引く手数多で落ちる心配はさほどしていなかった慢心も払拭するほどすんなりだった。

 大学にいるころから[ガンプラバトル]を始め、その操作にはある程度慣れていた。[ガンプラバトル]もMSもその操作性に差異はあまりなく、むしろ操作システムも[ガンプラバトル]のものをほぼ流用した形であるから特に抵抗はなかった。 なにか違う点を挙げるとすると…どこかを破損してしまったら始末書を書かなければならない。そんなところか。

 〔作業用MS〕はやはり[機動戦士ガンダム]シリーズを元にしていて、今乗って動かしている機体はさしずめ[ジム]ベースだろうか。いかにも作業用といった風貌である。

 基本的にマニピュレータや運搬用コンテナ、各種大型機材しか搭載していない。劇中のようなビーム兵装はなく、そもそもにして未だそれは開発段階で止まっている。現存している兵器は実弾のみだ。 だとしても、このクソ平和な世界じゃ無用の長物だし、いかにもな敵勢力もいないし、兵器開発なんてのはいかがなものかと思うが。

 

 これまでのことにふけっていて通信に気付かなかった。

 上司からの怒声が、考え事を分断する勢いでコックピット内に響き渡った。

 『おい!122区画にA-1~A-20までのパネルパーツをさっさと持ってこい!早くしろ!』

 すっかり抜けていたが、今は運搬作業をしているところだった。

 「すいません!122のAの1から20ですね!今運びます!」

 20束になっているパネルコンテナを両手で持ち、俺は現場へ向かった。

 

 

 

ぶれーくたいむ

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高校生編を書こうか迷っているところです。

流れが劇的に変わった、というわけではないのですが

泣いていた自分は裏の顔だったんだと思うようになったのもこの頃でした。

 

腕力に頼り、自分の言葉・意志に従うことが表の顔だと。

15歳。

Twitterで俺が公言してる年齢です。

 

15歳であったことは、暴力を力と認識したこと、夜遊び喧嘩悪戯が日常化したこと、それによって中学まであった門限制度が亡きものになったこと、童貞を卒業したこと(重要)、酒解禁など

 

まあ、進学校に通ってた生徒の中ではそこそこはっちゃけたんじゃ?ないでしょうか

 

痩せてたので性別問わずモテてたような気もします。

 

基本的に恋愛事業で忙しく、学校行事なんかより当時の彼女最優先で動いていました

当時めちゃくちゃ惚れてて、こいつしかいねえ、と思っていた子でした。

後々に色々起きるのでこの記事では出来事を割愛しますが

 

高校生時代は、時間的余裕もあったことから、十分のびのびと生きていました。

生きていることが楽しい、そう思い始めたときでした。

 

 

もうすぐ大学を卒業する身ですが、こんなにも生きることが辛く、また寂しいこととは…と打ちひしがれています。

 

今の年齢の自分が、かつて弾けたときの自分と比べはるかに状況が違い、

過去の自分が好きで 気持ち変化を忘れたくなくて、今も15歳を名乗っているのかもしれません。

 

さて、高校生編は書くべきなのか

 

一番自分が好きだった時期です。

思い出すと懐かしい気持ちと同時に、なんでこうなった

と今を悲観します。

 

え?女の子がいないからだろ?

 

それも正解ですが

 

精神的に不安定になった自分が信じられないというところもあったり

 

まあ、理由は様々です。

 

 

 

 

 

どうしようか?

自分にまた、問いかける生き方。

 

 

 

 

 

自伝 中学高校1年時代

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またもブログ更新ですが、なお話です。

自分のブログですから、自分の事を書くのは至極当然だと思いますが、これを見て「自分語り乙」だの「承認欲求キモイ」だの叩かれる対象になるようです。

 

ただ執筆にあたり、「この自分の事を知ってほしい」が根底にあり、

慰めや共感なぞなくとも、こういう人間も世の中にはいるということを知ってほしくて書いています。

 

一応触れ書きはしたので、この先を眺めるかどうかはお任せします。

ただ、叩く人は例え知り合いだとしても許しません。

 

 

 

前回の続きになります

 

晴れて中学に上がり、勉強は尚も継続させようと個別指導塾へ通っていました。

中高一貫の私立でしたが、特徴的な科目があり、その一つに「剣道」がありました。

 

剣道との出会いは、俺の人格及び性格を形成するにあたり大きな影響を与えられました。

 

剣道の授業にて、指導していた師範から、

「お前には素質がある、剣道部に入りなさい」

自分になにかの才能があるわけでも、これといって特技があるわけでもなかった俺は、その一言に背中を押され迷うことなく入部を決意しました。

 

 

練習は週3日、高校生と交じっての稽古です。

当然体力差から息が上がる場面も多かったですが、初めて運動をやり込んでいくことが気持ちよくて楽しかった。

キツくても、それを乗り越えることでまた一つ自分が成長してるような

そんな感覚でした。

 

剣道によって、積極性を持つこと、自分を主張すること、人を恐れないことを学べました。

 

 

ただ…今まで娯楽に触れること、世間の流行りなどわからなかったなど

恐らく挙げればキリのない要因からか

罪に問われることをしました。

その中には、補導に至ったのもあり、その際に親からは「次やったら勘当」と言われました。

ただ、その1件のおかげで俺にお小遣い制度が認定されました。

 

他校との喧嘩やらイザコザやら頻度が多くもなりました。

 

というより、ある程度腕力がついてきたから試したいのもあって、よく喧嘩売るようになりました。

 

 

 

中学の成績は良く、この調子ならば横浜国立大学もA判定だろうと言われていたくらいです。

まあ、過信した俺は勉強を辞めたことで、国立大へは行けない学力まで落ちましたが…

 

 

中高一貫なのでエスカレーター式で高校へ

剣道は幽霊部員になりました。

 

いつも、小言言われては小突かれ、

自分が何かして怒られてごめんなさいという気持ちより

なんでこいつそんなことでキレてんだ?とイラつくようになりました

 

ある日、ついに爆発しました

 

ぶたれにぶたれ、今まで虐げられてきた俺は、産まれて初めて母親を突き飛ばしました。

そんなに力は込めていなかったのに、予想以上に吹っ飛んだのを覚えています。

 

しばらくポカンとした顔を見せた後、すぐ、「謝れ!」と叫ばれました。

腕を変なところに打った、痛いから謝れ、と。

 

なんて自分勝手なヤツ。

 

そう思いました。

 

今までさんざん殴った人間がいうセリフがそれなのかと。

 

いくら痛いと泣き叫んでも、いくらごめんなさいと謝っても、それでもやめなかったのに

いざ自分がやられるとそう言うのかと。

 

 

 

 

 

ふざけんな

 

 

 

そう言い、拳を振り上げる真似をしました。

身構えて目をつぶる母親の姿を見て

 

哀れで

 

降ろしました

 

 

そしてわかったのは

人を圧できるのは

 

暴力

 

 

なんだな。と

 

 

ただ、初めて親に反抗したことで、自分の中の何かが弾け。

この日から色々変わりました。

 

15歳の出来事、今の俺が生まれたキッカケです。

 

 

 

 

補足説明はコメント欄もしくは記事編集を行います