12歳になりました✨


退院してからは、5年9ヶ月が経ち、

今のところ順調で、晩期合併症と思われる症状等は出ていません。


元発が骨盤で、放射線は40Gyほど照射しているので、骨の成長障害がないか入院中に主治医に聞いた事がありました。


「骨盤は大きな骨なので障害等は出ないと思います」との答えでしたが、今のところ問題はないようです。


去年、主治医には、

「自分が診ている中でもかなり良い方です」

とは言われましたが、

まだまだ気は抜けません。


身長は146cmと平均よりは3cm程低く、

成長曲線も退院してからずっとこの状態が続いています。


入院前は、平均身長よりは2cmほど高かったので、今の状態は10ヶ月抗がん剤をやった影響だと思います。


食べる量も年々増えて、体重も徐々にですが増えてきています。


元々が痩せ型なので、体重は31kgと軽めですが、風邪も滅多にひかず元気に学校へ行っています。


ただ、今も無理に起こさずに、

自然に目が覚めるまで寝かせているので、

ほぼ毎日遅刻での登校です😅


欠席は皆無なので、あとは早起き出来るようになれば言う事なしなのですが、焦らずゆっくり生活させようと考えています。






写真は、2017年5月頃

化学療法を始めてから2週間で体重が4kg減った、一番痩せ細った時の写真です。

身長111cm 体重12kg

髪の毛も抜け始めてきています。


幼稚園の先生方がお見舞いに来て下さいました。

幼稚園にいた時とはあまりにも違う

変わり果ててしまった姿に

かなり驚かれたと思います。


顔は隠していますが、

心配そうな顔をみせないように笑顔で

写真撮影してくれました。


この頃、

日に日にガリガリに痩せ細っていくのを

目の当たりにして

もしかしたら助からないのでは...と

色んな事が頭をよぎり

毎日、不安と恐怖で押し潰されそうでした。


妻は、親が心配してる顔を見せると

子どもが不安になるからと、

つとめて明るく接していましたが、

私は、そう接する事がどうしても出来ず、

いつも、あまりにも心配してるのが

子どもには伝わっていたようで、

いつものように付き添いしていたある夜のこと、急に娘がこんな事を言いました。


「いいさぁ、◯◯(自分の名前)がしんだらお   そらのうえであえるさぁ」と。


親を安心させるような口ぶりでサラッと、

5歳の子どもなりに、考えて言ったつもりなのでしょうが、

とにかくびっくりして、


「なんでそんなこと言うの...」


大号泣してしまいましたえーん


娘は、なぜ泣いているんだろう??

キョトンとしている感じでした。


そっと抱きしめて

「大丈夫だから、絶対に大丈夫だから」


今となっては、あの時はマジで洒落にならんかったよ爆笑と笑って話せますが、

当の本人はその事はすっかり覚えていませんぼけー


当時の事は、どんどん忘れていっていて、

薬の副作用できつかった事や、

嫌だった出来事なども記憶から消えていっています。


これは子どもには普通な事らしく、

こちらとしては嫌な思い出は消えてもらった

方が好都合なので逆にありがたいです。

この時からオペまで2ヶ月。
ご飯で元の体重に戻しました。
2週間で4kg減ったのはあっと言う間でしたが、
元の体重に戻すのには2ヶ月もかかりました。




今日は美容室でヘアドネーションして来ました。


入院中にウィッグを貰ったので、

次はお返しする番だよ!と言って、

退院してから5年5ヶ月ずっと伸ばし続け、

腰まであった髪を肩の長さで切りました。


6年生になって、お化粧やオシャレに

興味津々のようです音譜


次に出来るのは何年後かなぁニコニコ













「ブログを始めた理由」ですが、


娘が退院してから5年経ったらブログを始めてみようとずっと考えていたのですが、

ブログは勿論のこと、

フェイスブック、ツイッター、インスタグラムすらやった事がなく、

文章の改行も構成も、ままならず、

かなり読みづらいかと思います。


それでも、横紋筋肉腫という病気が、

100万人に4.5人、全国でも年間90人程の発症という稀な病気のため、

ご自分のお子さんがこの病気になられた

親御さんに、もしかしたら、何かしら、

参考になる事があれば。


それが始めようと思った理由です。


自分の子どもが入院した当初も、

主治医、看護師に聞き、とにかくネットでは

可能な限り、調べに調べ尽くしました。

経験された方に聞けたら、何かしら

参考になる事も聞けたかも知れませんが、

症例が少ない上に発生場所も色んな所から

なので、あまりにも情報がありません。


ある程度は、抗がん剤の副作用や、どういう経過を辿るのかは医師からの説明で分かりましたが、16kgだった体重が、抗がん剤が始まってから、たった2週間で12kgまで落ちてしまうなど、想像も想定もしなかった事が次々と起こり、

予め聞かされていれば、対処も考えられますが、いきなりだとどうしたら良いのかも解らず、かなり動揺し、焦り、戸惑うばかりでした。


体調管理はどうすれば良いかなどは全く分からず、こればっかりは病院側に聞いてもアドバイスもなく、答えは見つかりませんでした。


治療内容に関しては、全て病院に任せましたが、それ以外の事が重要だと考え、

見当もつかない中、とにかく色々試してみましたが、何かほんのわずかでも参考になればと思い書いています。


付き添いの時に、子どもが安心するように、いつもかけていた言葉は、

「おとうさんが絶対になおすから、

 おとうさんが絶対になおすから❗

 だから一緒に頑張ろう❗❗」

でした。


病気のことは治せませんが、自分にやれる事は、病室での体調管理、抗がん剤を長期間

やっていくための体調管理でした。

これは、実際に付き添いしてみないと

分からない事です。


夜中に起きた時に、寝かし付けるには

どうしたら良いだろうか。


1分でも1秒でも熟睡した方が良いんじゃないか、1gでも余計にご飯を食べた方が

体力は上がるんじゃないだろうか。


そんな事ばかり考えて寝泊まりしていました。



入院してすぐに胸にCVカテーテルを埋め込みますが、シャワーの時が一番大変で気を遣います。


かなり気を付けていましたが、CVカテーテル感染症になってしまい、発熱が続き、抗生剤を1週間程打ちましたが下がらないので、

CVカテーテルのやり直しです。


1週間やった後に、医師から言われたのは、


「抗生剤をやってもあまり変わらない事が多いんですよねー」


だったら最初からやり直せば良いのに...


1週間の抗生剤でかなり体調が悪くなり、元の体調に戻るまで抗がん剤治療を休止する事になり治療再開まで少し遅れました。 


CVカテーテルは全身麻酔でのオペになり、

身体への負担が大きいので出来れば避けたかった事です。


CVをやり直してからは、また順調に治療を受けられました。



以前、入院中の食事について書きましたが、

入院当初、不思議に思う事がありました。

それは、食事がトレイごと、手付かずのまま置かれていることが多々あり、

ん!?なんで食べないのかな?なぜ??なんだろうと。


うちの子供も、抗がん剤治療が始まると、

とたんに食べられなくなり、その時、トレイが置かれている意味がやっと判りました。

ただ、食べられない子供もカップラーメンは食べれるようで、3食ともカップラーメンだったり、

電子レンジが置いてあるので、自宅からタッパーに入れて持ってきたご飯を冷蔵庫から出して、レンジで温めて食べさせる親御さんもいらっしゃいましたが、そのご飯でも数口食べて終わりな感じでした。


病院のご飯を小さなおにぎりにしてもらったり色々やりましたが、どうやっても、どうお願いしても食べてはくれませんでした。


実際に大人が食べてみても、ご飯もおかずも、味、匂い共に美味しいとは思えないものばかりでした。

子どもが喜んで食べるご飯を出してくれる病院でしたら何も問題はありません。


神戸にある、チャイルドケモハウスのように

自炊も出来て、美味しい食べたい物を食べさせられて、家族で過ごせる環境があれば、間違いなく子供の体調は改善されると思います。


あの強い抗がん剤治療を受けるには、いくら再生能力が高い子供であっても、それなりの体調、体力がないと耐えられないと思います。

現にうちは炊きたてのご飯だけで改善されました。


他にも、好中球が下がっていない時は、

手作りパン、手作り焼き立てピザを持って行ったり、うどんを粉から打って、病院の駐車場の車の中でカセットコンロで茹でてから病室に持っていったりしました。

とにかく食べる事に関しては徹底してやりました。


全国でチャイルドケモハウスのような環境の病院は中々ありませんし、自分たちで改善するしか手立てはありません。


医師も言っていた「食べる子は強いですね」

これは本当に間違ってはいないです。


しかし、長期の入院中、コンスタントに食べられる子はなかなかいないと思いますし、

病院側もそこは重要視しないというか、

関心を持ちません。


全く食べないではなく、少しでも食べていれば大丈夫でしょう。そうも言われましたし、

どんなに痩せ細っても、少しでも食べているなら点滴はしてもらえません。


小児がんの治療は、再生能力が高い子どもゆえに強い抗がん剤が使え、標準治療を滞りなく行えれば治癒率も上がります。


病院、医師はエビデンス「根拠」にこだわります。

根拠がない治療はやりません。


食事を余計に取れたら治るのか?

それは医学的なエビデンス「根拠」がないので触れません。そういう事です。


長期に渡り強い投薬になるので途中で治療を休止したり、絶飲食になる子供も中にはいます。

絶飲食は点滴だけで1週間以上続いたりするので更に弱ります。


抗がん剤は悪い細胞だけでなく良い細胞も破壊し、副作用もかなり強いので、治療と並行して、それに耐えられる身体を維持することが大事だと思います。




退院して2ヶ月ほどして小学校へ入学しました。

髪の毛はまだまだなので、学校では帽子の様な物を被っての生活です。

他の子と同じ事が出来るようになるにはまだまた時間がかかりそうです。


夜、寝る時は毎日背中、首をマッサージして寝かしつけていました。

これは退院してから4年間続け、だいぶ体力も付いてきた感じで休止していましたが、

最近また再開しました。


マッサージするとかなり気持ちが良いようで、すぐに眠りにつくし朝の目覚め、身体の軽さも違うようです。


あとは、とにかく体力を取り戻そうと、

朝は無理に起こさず、眠れるだけ寝かせて、

それでも起きれない時は欠席させています。

5年経ちましたが、まだまだ気が抜けない感じです。



入院中に腸に腫瘤のような物が見受けられたのでPET検査をして問題なかった事は以前に書きましたが、退院から1年程経った頃に血尿が出るようになりました。


色は真っ赤な鮮血なので、かなり動揺しました。

この症状は数日続き、ピタッと止まったりを繰り返し、当時3ヶ月か4ヶ月おきの定期検診でしたが、主治医は「本当に悪かったら症状はずっと続くので、そこまで心配しなくても良いでしょう」との事でした。


医師は変に期待を持たせるような事は絶対に

言わないので、そこまで言うのは大丈夫と言う事なんだろうなと自分に言い聞かせていました。


が、それからも時々血尿は出ていて、

1年程経った頃に鮮血と同時にゼリー状の赤い塊の様なものが小さいグラス1杯位に出ました。


これは尋常じゃない❗❗と夜中に救急で

入院していた病院に連れて行きました。

こちらは心臓バクバク、

今度こそ再発したかも...

救急医と当時の主治医の一人も立ち会い、

エコー検査。


医師は慣れているのか落ち着いたものです。


「膀胱内に何かかたまりの様なものがあるんですが、体勢によって動いているので腫瘤ではないですね〜」


「エッ❗そのかたまりは何ですか!?」


「んー何なのかはわかりませんね〜。

水を多目に飲んで出すしかないですね〜」


こっちはもの凄くテンパって焦りまくってますが、医師は全く動じず、至って普通...

やっぱり専門医は違う...

ホントにそう思いました。


物凄く安堵し、一気に緊張が解けたのを

覚えています。


その後の定期検診でも原因は全く分からず、

、前例もなく、膀胱炎でもなく、菌もなく、

内分泌科でも診てもらいましたが専門医も分からず、

なぜ、ゼリー状のかたまりが出来るのか、

抗がん剤の影響かも原因も何も分からず仕舞い。


ただ、出血の原因は、ゼリー状の血の混じったかたまりが、

尿道を通る時に尿管を傷つけていることによる出血だろうとの事でした。

本人は痛みも全くなかったので、こちらとしても想像もしていない答えでした。


結局、血尿はそれから2年以上続き、

退院から4年以上経ってからようやく収まりました。


主治医から、「そこまで心配しなくても大丈夫でしょう」と定期検診ごとに言われても、

あの真っ赤な鮮血を見たら冷静ではいられませんでした。


今はこの症状もなくなり、普段は病気だったことを忘れるくらいに元気ですが、ちょっとでも体調の変化があると過敏にはなります。





退院してから、しばらくして幼稚園に復園することが出来ました。


入園式の日から3日しか幼稚園に通えずに入院し、復園してから卒園までは2週間程だったので、わずか17日程の幼稚園生活でしたが、やっと、おともだちと一緒でとても嬉しそうです。


抗がん剤は全ての成長を止めるほど強い薬なので、身長、体重ともに1年前とほぼ変わらない体型でした。


退院が近づくにつれ、病院の階段で毎日歩行訓練はしていましたが、実際外に出てみると、歩くのもままならない状態で、ちょっとしたつまづきで転ぶような感じでした。


まだ髪の毛も生えてなく、顔色も黒っぽい感じで、健康的でないのは一見してわかる状態です。


食べる量も少なく、食べる気満々で行った大好きなお寿司でも、一貫食べただけで急に

「きもちわるい...」と言って食べられません。


そんな感じが1年以上は続きました。

2年ほど経って、やっと普通に過ごせる状態になった感じなので、本当に強い抗がん剤だったんだな、本当によく頑張ってくれたなとつくづく思います。


身長は平均より3cm〜4cmほど小さい状態が

4年ほど続き、退院から5年経つ頃から急に伸び始めた感じで、同級生にやっと追いつき、追い越し始めた感じです。


それに伴い食事の量も急に増え、体重もすこしづつですが増えはじめました。




入院も半ばを過ぎ、子供も親も長期入院生活にも慣れてきました。


3種の抗がん剤のどれかの副作用かはわかりませんが、目が半分しか開いていない状態、

瞼が下がった状態が数か月続きました。


原因は主治医にも分からず、特に目立つ体調の変化も症状もありませんでしたが心配です。


これは時間と共に何ヶ月かで自然と

改善されました。

結局、原因は判らず仕舞いでしたが、

抗がん剤の副作用としか考えられません。


治療に関しては、病院側はエビデンス(根拠)があることしかやりません。 


ご飯が食べられない、体重が減っている、

眠れないなどに関しては、

全て自分たちで考えて工夫しないと改善されません。

なので、うちは他所と比べたら

かなり独特なことをやっていたなと思います。


バケツにお湯を入れて足湯もやったりしていましたが、これはやったあと、すぐに眠るようになりました。


オペ後は子供がどんどん元気になっていき、

もっと起きていてプレイルームで遊びたいので、逆に足湯をするのを嫌がるくらいでしたが、こちらとしては早めにグッスリ眠って、

ちょっとでも熟睡してほしいので

我慢してやってもらっていました。


私がやっていることに対して、妻は反対していることも多かったですが、

結果的に、これはやらなきゃ良かったと

言う事はありませんでした。


5年経過して、主治医に聞きました。

なぜ寛解したのでしょうか?と。


「理由は正直言って分かりません」


確かにそうだと思います。


ただ、

「治療が途中で止まることなく、滞りなく

 進んで行ったのは大きいです」

と言われました。


体調悪化で治療がストップしてしまう事が

一番良くないと言われました。

そうなると本来の標準治療が出来なくなって

しまうからです。


娘も体重が12kgのガリガリの痩せ細ったままだったら、あのままの食事の量しか食べなかったら、体調はどうなっていただろうか...


もっと痩せ細って治療に耐えられなかったのではないかと思っています。


白血病で使う薬のデカドロンは副作用で

過食になりますが、

横紋筋肉腫で使う抗がん剤にはそのような

副作用はありません。


娘の場合は食べるごとに、体重が増えるごとに日に日に元気になっていきました。


これは間違いないです。

2ヶ月で元の体重の16kgに戻ったのですから。