まちづくりの将来

まちづくりの将来

私たちが生きている地域社会を見つめ、これからのあり方を考えるブログにしたい。

田村明さんから私がいただいた手紙がNPO法人田村明記念まちづくり研究会のブログで公開された。

日付は2024年8月21日。

https://www.machi-initiative.com/2024/08/21/%E7%94%B0%E6%9D%91%E6%98%8E%E3%81%AE%E6%89%8B%E7%B4%99-letter-from-akira-tamura/

 

 

この記事は田村さんの手書きの手紙は悪筆で読みにくいということが言われていたらしいが、その証明になればということが公開の理由らしい。

私たちの時代には頭のいい人ほど文字がうまくない。

いや、思考に気を取られて良い文字を書くことをしないと信じられてきた。

その証明として、田村さんの手書き手紙を公開したものであろう。

 

 

その手紙は弘前市桜林の自宅宛て。

弘前大学に着任後出版した献本のお礼の手紙だった。

出版書名は「市民的地域社会の展開」(日本経済評論社)。

手紙の日付は11月24日なので、2008年か2009年である。

田村さんはすでに闘病中で、手紙には「鬱血性心不全」で緊急入院したことが記されていた。

それでも「まちづくり塾」や地方講演を続けていると書かれている。

 

 

私の本への励ましは3つ。

1つは大学教員として一冊の本を書いたこと。

2つはテーマの「市民的地域社会」は自分の「市民政府論」と近い発想だということ。

3つ目は戦前からわが国社会に定着していた「母親力」が家庭の基本にあるべきだということ。

この3つ目については、それに続いて、

家庭―地域社会―市民の政府

(3連の)「しっかりとした構造が必要なのでしょう」と書かれている。

 

 

田村明さんは私の師匠であり、恩師である。

1979年4月に総合研究開発機構で出会った。

それから現在までお付き合いさせていただいている。

 

 

亡くなられた2010年1月25日までの31年。

山梨総研でも、作新学院大学でも、弘前大学でも、そして佐世保市役所でも、長崎国際大学でも。

現在はNPOのメンバーとして様々な角度からの薫陶を受けている。

 

 

 

この手紙には「来年は弘前城の桜でも 見たいものだと家内と話をしているのですが。これからもお元気で」とある。

そういえば、1999年には甲府市の山梨総研、2001年には宇都宮市の作新学院大学にも田村さんは訪問された。