自己紹介2は、中学生から大学卒業までの内容をお届けします。
中学生になったMIHOは、バレー部に入りました。
なぜか?単にバレー部の友達に誘われたからです。
ほんとはコーラス部か美術部に入ろうと思っていたけど、全く違うところに。。
特にやる理由もなかったけど、やってみたら意外と楽しくて卒業まで続けられました。やっぱり気の合う仲間と過ごす時間は楽しい。
友達にはほんとに救われていたなと思います。
練習もそれなりにハードだったけど、一緒の時間を過ごせる仲間がいるのはほんとに嬉しかったし、ずっと思い出に残るから。
そして、この頃はいろんな友達の恋愛相談に乗っていました。
この頃初めて彼氏ができたけど、今思えば、、あんなの付き合ってたって言わないな。。
自分たちも周りも子供すぎて、みんなにからかわれるしただ気まずかった 笑
それでも電話で色々話したり、バレンタインとかのイベントなんかもワクワクして過ごせたからピュアな良い思い出です。
楽しい思い出ももちろんたくさんあったけど。
何だろう。この頃から、何でも最初は結構うまくいく。
でもしばらくすると、うまくいかなくなるイメージが湧いてきたり、うまくいくのが怖くなってしまうという現象が起きるようになりました。
それで結果、うまくいかなくなる。
うまくいくことが、申し訳ない
ような気持ちがある。
それは実際、複雑な環境で育ち無意識のうちに不幸を選ぶことで、親に同情されたり気にかけてもらえるメリットがあったんだと思います。
簡単に欲しいものを手に入れたり、簡単にうまくいくこと、苦労せずにうまくいき続けることを良しとされなかったので、もっと苦労しなければ認めてもらえない
という強迫観念がいつもあったと思います。
もちろん当時のMIHOは無自覚だったけど。
こうなってくると、ネガティブ引き寄せを加速してしまう。
高校では毎日、英語ばかりの日常でした。
英語だけは大好きで、たくさん勉強しても飽きることはありませんでした。
バイトしたり、彼氏と遊んだりもしていたけど、正直この頃の彼氏選びには失敗したと思う。
MIHOを大事にしてくれる人では全くなかったからです。
その彼とは5年ほど付き合ってもちろん良いところはたくさんあったけど、束縛や嫉妬心が強く、街中で揉め事を起こすことなんかも多々ありました。
若気の至りでヤンキーがかっこいいと思っていたけど、今思えばすごい勘違い。
大学は、最初女子大に入ったけど、何だか雰囲気があわない。。
そう思った子は私以外にもいて、彼女は別の有名な4大に編入しました。
そういう方法があると知り、ならば私も
と猛勉強して私も他校へ編入しました。
おかげで、やればできるんだ
と自信がついたし、兄に対する劣等感も消えました。
編入先の大学は、家から片道3時間も通学に時間がかかりました。
今思えば、バイトしてたんだから一人暮らしすればよかった。。
二十歳前後の貴重な時間を、一日6時間も通学に費やすなんて!
大学では、好きな英語の勉強もたくさんしたけど、通学とバイトで正直いつも疲れていました。
常にMAXの状態で頑張っていないと私はダメだ![]()
無意識に自分を苦しめることが当たり前になっていました。
だけど高校までと違って、大学以降はある程度大人になってできることや自由が増えて、苦手な束縛から解放されもしました。
服装や髪色も自由だし、お金も稼げるし。
大人になるのも悪くないなと思いました。

