No.50 続国会議事堂 議場内のエンブレム:制作2021年1月、銅板8㎝×8㎝

   

   国会議事堂の外観には、所々に額入りの浮彫装飾が付く。例えば、本ブログNo.49に見るように、正面玄関前の車寄せの軒にある横長の浮彫は見事である。銅板の大きさの関係でディテールを精確に描けなかったが、中央に楯を、その左右に鳳凰と唐草を配する。

   古代ギリシャ・ローマ建築では、円柱の上に水平材を重ね、さらにその上にペディメントと呼ぶ三角形の切妻壁を載せ、ペディメント内はしばしば華やかな浮彫で飾られた。こうした古典主義建築の造形手法が、国会議事堂に簡略化された形で表れていたのである。

   他方、衆参両院の議場内の壁面には、木彫による豊かな装飾が目に付く。本作品は、議長席に対面してコの字型に囲む上階の傍聴席前の手摺に施された木彫である。同様の木彫は計4種類あり、それぞれ士農工商を表示する。これらの木彫を並列させることで、四民平等の精神を表現しているという。

   「士」の浮彫には盾と剣を、「農」には稲穂、草刈り鎌、そして果実に満たされた「豊穣の角(ツノ)」を、「工」には斧、歯車、そして松明を、それぞれモチーフにした木彫が施される。最後の「商」が本作品である。

   「士農工」の各エンブレム(標章、紋章)が喚起するイメージが直截的であるのに対して、「商」のそれは異なる。「商」の中央には「工」と同じ松明があるが、その左右上方に大きな翼が付く。そして、その松明に2匹の蛇が巻き付く。これら2匹の蛇と翼のモチーフは、ギリシャ神話の神ヘルメスを表す。以下は、『世界大百科事典、平凡社、1981』を参照する(「ヘルメス」、佐々木理)。ヘルメスは旅人や商人の神となり、天地の間を往復する。杖を持ち、杖には空中を走るために翼が添えられる。それに巻き付く蛇は、冥界の動物であり、亡霊のあの世への旅の道案内をするという。

   国会議事堂の「商」のエンブレムは、この杖を松明に置き換えている。因みに松明は「勝利や喜び、自由や救済、さらには夜のまっただ中における希望を暗示する」という(『西洋シンボル事典』、八坂書房、1994)。

   このように、「商」のエンブレムには行商をはじめ複数の意味が暗示的に使われている分、興味をそそる。なお、議場内の壁と柱に装飾を施した木材(欅)が多用されたのは、音響効果を配慮した結果でもあった。

参照:『帝国議会議事堂建築の概要』(営繕管財局編纂、1936年)