急性脳症になった次女の話を①〜⑤に分けて綴りました…



実弟の熱性けいれんを2度間近で見たことが過去にありましたが、1歳頃のことでしたので恐怖よりも好奇心で見ていた記憶があります。



あの時、父が舌を噛まないようにと口の中に指を入れて声をかけていました。



母は病院に電話して指示を仰いでいました。



私はいざ我が子が痙攣を起こしたら、慌てふためき上着のファスナーすらまともに上げられないほどの狼狽えぶりでした…



死んでしまうかもしれないと思った時、今思えば笑ってしまいますが、両親や祖母に「まだ連れて行かないで!まだ6年しか生きてない!!」と願っていました。



コロナ禍で墓参りに1年以上行っていないのに、こんな時だけと呆れていたかもしれませんね。



私は両親、祖母の死に目にも立ち会わず、【死】に対する恐怖の度合いをわかってなかったと思います。



【死んだ】と聞かされるより、【死ぬかもしれない】という恐怖が大きく…子どもを失うかもしれないという怖さはものすごかったです。






今、元気に運動会の踊りの練習をし、私に帰宅するとそれを見せてくれる…



そんな日常が当たり前じゃないんだと気づかされる出来事でした。



来月は運動会…


そして脳波検査です!



日常が続きますように…