新Gon's_Bar

新Gon's_Bar

ブログって何? 2004年10月より私生活から高校演劇に関することまで自由に書いてきた記事のアーカイブ。時折更新?

生徒交流会

 昨年5月の78回生部員引退に伴い部員が1年生たった1名になってしまったカコトン演劇部。さすがに一人ではという現実を突きつけられ、夏の加印、秋のコンクール、春の加印とこの5月の文化部発表会とほぼ1年間活動ができていませんでした。部活予算も50%減となり、このまま部活は消滅、顧問も引退していくのかと思われていた2026年度春でした。一緒に部活を守ってくれていたF居先生も転勤となりまさに背水の陣だったわけですが、この度フレッシュな81回生、9人が入部してくれることとなりました。おみくじに書いてあった待ち人来たりってこのことだったのねって伏線に、お芝居の神様のイタズラ心に脱帽です。なぜこんなに入部したのですかの質問に、顧問のごのい先生が入部説明会で独り芝居をしたのがきっかけですとのお返事。申し訳ない(笑)
 ここまで体験1回、部活2回、ワークショップ参加1日という実績ですが、底知れぬ可能性も感じています。まず僕が出張で不在だった日、稽古場の床掃除依頼と、基礎練ってこんなことするよってリストだけ置いていったわけですが、なんとそのヒントを頼りに部活を成立させてしまったみたい。ストレッチ、階段昇降、発声練習とあめんぼ。それから体験でやってみたゲームがメニュー。よく分からないストレッチの代わりにラジオ体操しましたってアレンジも。感服です。
 4月29日の第1回ワークショップには9人そろって参加したわけですが、途中で「部活に持って帰りたいから、どんなことしたか忘れないようにみんなで記録しておいてね。」って一言いったらその日の夜にはこんなメモがLINEとTeamsにさらっと共有されます。彼ら彼女らのポテンシャルに度肝をぬかれるわけで。

 

めもめも♪


 ただ先行きに不安要素も。やりたいこと、やらなきゃいけないことが多すぎる問題です。兼部のメンバーが半数以上。英検や海外研修。本気の習い事など。今までのスタンダードだった練習ペースである30日前から毎日稽古とか、2週間前の犯罪者週間なども再考する時期なのかもしれません。これは顧問としての僕の腕の見せ所ですね。
 でもここまでのポテンシャルとエネルギーはピカイチ。何かとんでもないことが起こりそうな予感がするわけで、ここはひとつお茶目なお芝居の神様の演出プランに乗ってみるしかないわけで…。
 2026年度、カコトン演劇部復活します。

 去る1月24日に初めての県レベルでの「創作脚本講習会」が行われた。講師は籔、福田、五ノ井という兵庫の創作脚本顧問をはじめ、生徒創作で今まさに話題の作家生徒を召喚するという画期的企画。ゲスト含め約70名が御影高等学校清明会館に集まった。その中で異色の講師として登場したのが県立御影高等学校、久保心菜さんであった。


 彼女は近畿ブロック代表の生徒講評委員として、2025年夏に開催された「かがわ総文2025」に参加した生徒である。演題は「私が思うおもしろい台本、演劇とは~全国生徒講評委員の体験を踏まえて」というもの。こんなざっくりした演題で何を聞かせてもらえるだろうという疑問を一瞬で打ち砕く圧巻プレゼンに、当日参加した全員が舌を巻く結果となった。
 聞くところによると彼女は入学当初バレー部マネージャーであったが、演劇部顧問の熱心な?スカウトにより演劇部に入部し生徒講評へのエントリーを決意。県大会での熾烈な予選を潜り抜け近畿代表の椅子を手に入れた。彼女が選ばれた理由は的確な劇評以上に、他の講評委員の意見を受け止めたうえで、自分の意見も表現できるバランス感覚にあった。
 全国大会では充実した講評活動を体験したわけだが、一番の出会いは講評を担当した最優秀賞受賞作品、長野県松本美須々ヶ丘高等学校の「愛を語らない」との出会いであったのではないか。彼女はその経験から面白いお芝居のキーワードとしてリアルかどうかだと気付いたようだ。彼女は言う。リアルとは現実的という意味ではなく、“自分の”過去の経験や感情に通じる部分があるということだと。だから共感が生まれ「え、ばりおもろいやん…」につながると。
 彼女は作品がリアルかどうかを判断するキーワードとして「そうはならんやろ」と具現化した。不自然さ・都合の良さに対する観客からのツッコミが生まれた瞬間、観客は客席で「そうはならんやろ!」と突っ込むのだと。

 それでは彼女のプレゼンを振り返ってみよう

  1. 台詞【台詞<行為】
     長々と思いや境遇をセリフで説明するより、お芝居という手法を取る以上、シーンとして描く人物像が「そうはならんやろ」を回避する。
  2. 状況【リサーチ→詳細】
     記憶喪失や殺人事件など日常経験しない出来事は詳しく描くことは難しい。5W1H、時代背景など丁寧に描くことで「そうはならんやろ」を回避せよ。
  3. キャラクター【過去、今、未来=人生】
     都合よく場面によって人となりを変える登場人物には一貫した説得力は生まれえない。感情の起伏、流れ、問題、出来事に対する思いや行動を一貫させることで「そうはならんやろ」を回避せよ。
  4. 展開・結末【逆算】
     打ち切り漫画のように結末を急ぐ物語は破綻している。シーンは切り取りられた一部の場面であるが現実には必ず前後が存在する。それぞれのキャラクターの思いを途切れることなく描くことでラストに行き着く過程を丁寧にし、「そうはならんやろ」を回避せよ。

 バレー部のマネージャーとしてスタートした彼女であるが、まとめに際しこう伝えてくれた。「お芝居は奥が深くて面白い。お芝居と出会えて本当に良かったです」と。高校3年生である彼女は進路を決めたのち、後輩部員たちと母校の小品発表会に参加した。上演された3作品でそれぞれ、作・演出、照明オペレーター、役者として。僕は少し緊張し上気したその頬に「演劇と出会えてよかった」のリアルを見せてもらった気がした。

久保さんが生徒講評委員として担当した劇評はこちら。ご一読ください。
 長野県松本美須々ヶ丘高等学校 「愛を語らない」
 

 少し前の話になるが、2025年度の兵庫県大会で、また一つ魅力的な作品に出合えた。市立六甲アイランド高校の『わたしたちの話【栞】』だ。学校で日常的に行われているであろう何気ない会話の積み重ねで出来上がってるこの作品の魅力を改めて振り返ってみよう。
 幕開きは4人の女子高生によるサス芝居。これは私の話で、あなたの話で、私たちの話ですと宣言する。誰にでも存在する何かを、意味のある言葉の謎の向こうに見つけてくださいねという言わば短い宣誓布告のように感じた。

 お芝居に引き込まれていったのは次のシーン。学校の朝の日常風景である。どうでもいいことを楽し気に語る二人。正式名「英語コミュニケーションⅡ」とかの授業を何と略すかでワイワイする。

  恵理  「結奈って」さー、
  結奈  ん?
  恵理  「英コミ?英コミュ?どっち派?」
  結奈  何、急に。
  恵理  ええから。
  結奈  うーん、「英コミ。」
  恵理  「マヂ?」
  結奈  「マジ。」
  恵理  …キモ。
  結奈  ひどない?

 楽しそうなのである。しかも「 」が付いたセリフだけで情報は伝わるのだが、余計な語尾、間、動作が盛り込まれていて、会話自体がリズミカルな言葉遊びになっている。横で眠りこけている別な女の子をバンバン叩いて起こしてまで同じ質問をするのだが、返ってきた答えはどちらでもなく

  栞   …コミュ英かな。

   間

  結奈  バケモンきた。
  恵理  いや、これが天才や。
  栞   ほんまに何の話してんの

 バケモンって…。そんな言葉選びする?ってワードセンスに笑っちゃう。終始こんな調子なのである。ほんまに何の話を見せられているのだろうと思うと同時に、いるいるこんな子らって楽しんでいる自分がいた。こんな楽しそうな姿は何時間でも見てられるわって気にさせられるのだ。と同時に、目の前で展開されている舞台が、まるで俯瞰で覗き見る学校の風景へと変化していくのを感じた。リアリティーってこんなにイキイキと輝くものなのだと気付かされる。
 当然後半にかけて、物語は高校生ならではの心の揺れや葛藤にシフトしていくのだが、登場人物たちのリアリテー指数は下がることなく見事に駆け抜けて行った。彼女たちはみんな違っていて、可愛くて、生意気で、そしてそれぞれに輝いていた。作者はきっと切れ者で目つきの悪い生意気な女の子だろうって決めつけてたら、男子だったってのも小さな「え?」 よっぽど仲間を観察しているに決まっているのだ。
 これは高校演劇である。手練れの女優さんが演じても、けして再現できないリアリティーの前では、手練れの顧問による完成度の高い作品でさえ作り物に見えてしまう。そんな魅力と怖さを持った作品であった。目の前で展開する舞台はまさに、高校生の今を生きる「わたしたちの話」であり、客席に座っている多くの今を生きる「わたしたちの話」だったのかも知れない。
 この作品はクリスマスごろ開催される近畿大会でもう一度上演される。興味を持たれた方は是非、滋賀県の会場までお運びください。高校演劇は生ものですので、賞味期限にはお気を付けください(笑)。