私の人生最初の記憶。自分の中の最初の記憶。
妹の死。
私は当時3歳だった。
まず、妹が生まれたということも理解してなかったけれど。
死ぬってことがどういうことなのかも理解もしてなかった。
ただ、あの日はたくさんの「大人」が集まっていて、彼女の木棺を囲んでいた。
私は、母に「折り鶴折ろうか!」って言われて、一生懸命3羽の折り鶴を折って木棺にそっと入れた。
忘れもしない、赤い折り鶴。
火葬場で小さな彼女の骨は、骨壷におさめられて…。
あとは実家の2階で皆で食事をした。銀杏の入った茶碗蒸しがあった。
私の妹は重度の心臓病で、生まれてわずか11日でこの世を去った。
私をおいていった。
彼女はなぜ死ななくてはならなかったのだろう?
なぜ、私は生きているのだろう?
私が死んで、彼女が生きればよかったのではないだろうか?
そう考えた日は数えきれないほどある。
でも、今生きてるのは私。
彼女の分も生きなければいけないと思った。
彼女の分も両親に愛されなければいけないと思った。
私は絶対死ぬことは許されないと思った。
結果、私は殆どの感情を表に出さなくなった。
作り笑いは得意分野。いい子ちゃんを演じる為になんでもした。
もう、誰にも捨てられたくない。その一心でペルソナかぶって生きてきた。
まぁでも、結局人間。容量無制限ってわけにはいかないのかね。
体調をがくんと崩して、精神科に通い始めて早8年。
まったく私の妹も死しても尚しぶといものだよ。
折り鶴というのはね、自分以外の為に折ったら許さないんだとさ。
彼女が死んでから、何回か折り鶴を折ることに挑戦したのだがね。
次の日には綺麗さっぱり折り方を忘れるんだよ。
おかげさまで、未だに折り鶴折れないよw
更に茶碗蒸しなんて、目に入っただけで吐き気するしwww
私の中のトラウマにすぎないのかもしれないが、
妹も自分が11日間この世に存在したことを忘れられるのが嫌なのだろうな、と思っちゃうわ。
大丈夫やって。忘れもしないし。私もまだまだ死なないさ!