「○○(いとこの名前)は今、

内地の専門学校に

行ってるけど仏壇を守らないと

いけないから帰ってくるんだって。

若いのにエライさー!」





母が、

私より15才ほど年下の従兄弟の

話を私と姉にしてきた。





私:

「へぇー!エライね!」





母:

「私はもう諦めてるよって

言ったよ!

多分あんたたちは

誰も見れないだろうし

もう墓じまいして

永代供養の墓でも良いと思ってるよ」





姉・私

「・・・・。」





私も姉も何も言わなかった。

姉は以前から

「何も言わない」が出来る人なんだけど

(自分が出来そうにないことは

フォローしない。)






〝役に立ちたい!〟

〝認められたい!〟

が強い

私にとっては

そこで何も言わないのは

結構勇気がいることだった。





以前の私が

そんな母とのやり取りを

聞いたら

情けない話だな〜と

いたたまれない気持ちに

溺れてると思うけど





今の私は違う。

1年かけて自分と向き合うなかで、

「母の娘」としての自分ではなくて、

「私自身」は何がしたいのか、

何が喜びなのかがわかるようになった。





私は、地元に戻って墓を守ることは喜びじゃない。(むしろ苦しい)

そんな娘を持った母をつい「かわいそう」

と思っちゃうけど、

そんな娘を持った母が「幸せだとしたら」と

自分に問い直せるようになってきた。


どんな私でも母が幸せだとしたら、

私は墓を守らない。


私の幸せが母の幸せだとしたら

私は自由でいたい。




母に対して

若干の罪悪感はありつつも

何もできない自分を

受け入れたその行為に

エライぞ!って

自分に言ってあげた。