私は、若い時から、結構忙しい人生を送ってきたような気がします。
また、イノシシ生まれのせいか、視野が狭い、直進的な行動パターンが多かったようです。
還暦過ぎまで、余裕のない、慌ただしい人生の連続だったような気がしています。
そのためか、
『味噌汁って美味いもんだなあ』
と、心から感じるようになったのは、60歳が近くなってからでした。
『湯舟って気持ちいいなあ』
と、心底感じることが出来るようになったのは、還暦を過ぎてからでした。
また、それまで一生懸命頑張って生きてきたのですが、
『俺って、営業や、客商売に向いていない人間なんだなあ』
と、素直に気づけたのも、還暦を過ぎてからでした。
『俺って、沢山の皆さんに迷惑をかけて生きてきたんだ。申し訳ないことをしてしまった』
と素直に感じることが出来るようになったのは、70歳が近くなってからでした。
そんなことに気づいたり、感じたりできるようになって、
人間なんて、
『それほど賢い生き物ではない』
『いきなり、その場で、何でもかんでも理解できるほど優秀ではない』
『いきなり出来ないことなど、山ほどあって当たり前』
と、思えるようになり、生きることが楽になったような気がしています。
昨今の日本のマスコミ報道を拝見していると、
世の中で起きている、簡単な事象でも、複雑怪奇な事象でも、何でもかんでも、
『国民の全ての人が、
今すぐ、簡単に理解できないのはおかしい』
みたいなスタンスになっているような気がします。
大相撲の貴乃花親方絡みの報道
森友学園に関する報道、
国会での与党と野党とのやり取りに関する報道
などなど、
あんなややこしい内容を、
『今すぐ理解できるようにしなければおかしい』
『国民全員が、納得できるように説明しないのはおかしい』
そんな、一方的なスタンスになっているように感じます。
還暦を過ぎてから、70歳になってから、やっと、
自分のことが、まともに理解できるようになったり、
目の前の事象を、普通に感じることが出来るようになった、
自分のことを考えると、
今のマスコミの報道は、
あまりにもヒステリックになり過ぎており、
国民をあおり過ぎているような気がしてなりません。
人間なんて、その時期が来なければ、
理解できなかったり、
感じることが出来なかったり、
出来ないことがあったり、
することは当たり前のことなんだから、そんなにヒステリックに騒ぐ必要はないような気がします。
今のまま、
ことの本質を無視して、表面的な部分だけクローズアップし、ヒステリックに騒ぎたて、国民をあおるようなことが続けられると、
国民の大半の皆さんが、
間違った方向に誘導されそうな気がして心配です。
日本の20年後、50年後、あるいはもっと先の未来を考えた時、
《世界に誇れる日本》
が継続できているように思えなくなってきました。
一転して、日本のゴルフ界に目を転じると、
《知らないことが恥ずかし病》
が蔓延しているような気がしてなりません。
日本のトーナメントプロやインストラクター、業界のリーダーの皆さんの発言、レッスン書、アドバイス内容をチェックさせてもらうと、
実に、表面的で、内容が浅いことに気づかされます。
知ったふり
出来ているふり
優秀なふり をしたくて、
(知らないこと)(出来ないこと)に蓋をしてしまい、
安易なところで妥協したり、結論を出してしまうことが横行してしまい、
(ことの本質)までたどり着いていないように感じてなりません。
その結果、日本のスイング理論は、実に底の浅い、曖昧な内容になっていると言わざるを得ないのです。
日本人のまとめた(スイング理論)を拝見して、
50年前のベンホーガンの(モダン・ゴルフ)以上になっている、研究結果にお目にかかったことがありません。
一部をまねて、
一部に異を唱え、
熟読すると、必ず、矛盾に気づいてしまう内容になっています。
自分の能力では(モダンゴルフ)を、正確に理解できないために、
いたずらに、その内容を否定してしまう、そんな馬鹿なレッスン書さへ存在します。
到底、
自身が、徹底的に(モダン・ゴルフ)に、実践レベルでチャレンジし、研究し尽くしたうえで、結論を出しているようには感じられません。
私には、適当なところで、
理解したふり、
研究し尽くしたふり、
をしているだけのような気がしてなりません。
百害あって一利もないレッスン書を氾濫させて、
ゴルファーを惑わすことだけはストップさせなければなりません。
どんな人間でも、どんな立場の人でも、
『分からないことは分からない』
『出来ないことは出来ない』
と、素直に認めることができるようになることが、非常に重要です。
この単純なことが出来ない人は、真実にたどり着くことが出来るはずがないのです。