人生に迷い何をしていいかわからないから脳みそを整理しよう -4ページ目

人生に迷い何をしていいかわからないから脳みそを整理しよう

幼い頃は死が怖くてしょうがなかった。
生きることに悩むうちに不思議好きも手伝って自然と精神世界に目覚める。
「スピリチュアル」が流行る前。
今の課題は「自分を愛すること」
自分を愛さなければ…この「〇〇しなければ」をクリーニング

 

  やってみてよかったと思ってること

 

やってみたいこと、

自分が本当にやりたいことに

思を馳せていると、

「行動できていないことばかりだな」と

考えてしまうことがありました。

 

なので、ちゃんと行動してみたことに

意識を向けたいなと思いました。

 

 

全身脱毛

もともと体毛が濃く、小学生の頃から悩んでいました。

身体醜形障害も手伝って思春期は本当に辛かった。。。

しかし高校生には金額的にも難しく、

除毛クリームやくるくるする脱毛パッド、

手作り豆乳ローションその他諸々を

一生懸命試しました。笑

 

高校卒業後には

自分で働いてお金を得るようになったものの

お金の不安は多くありましたが、

思い切ってやってみました。

 

光脱毛は今ほど浸透しておらず、周りにも

脱毛している人はいませんでしたが、

かなりドキドキしながら始めました。

 

ローンを組んで、毎月通帳を見ては

心臓がぎゅっとして怖かったですが、、、

 

でも!

あの時(お金を使う)勇気を出して本当によかった!

 

お気に入りだったあの洋服は着れなかった

(ノースリーブどころかTシャツだって怪しかった・・・・)

あの時ビキニで海に行けなかった

(ワキだけじゃなく、足も腕もやばかった・・・・)

みんなで行った沢でのBBQ、楽しかった

(人に見られたくなかったら、水に入ったりできなかった・・・)

衣替えが憂鬱だっただろうなあ。。。


 

そうだ。よくよく考えたら、

脱毛してなかったら安心して楽しめないことが

たくさんあるなあ。

 

勇気を出してくれてありがとう。

お金を出してくれてありがとう。笑

お陰で、とっても快適だったよ。

 

 

 

きっとこんな感じで

勇気を出して1歩踏み出したことや

いろんな努力をして手に入れた経験やスキル

自分では忘れてしまったけど、こんなことが

他にもあるはず。

 

振り返って、過去の自分の頑張りを労い感謝する習慣も

必要だあと思いました。

 

 

 

今は脱毛通えなくて、これを使ってます

 

 

高校の無償化、羨ましいな。
 
高校生の頃、授業料を滞納してみんなの前で先生に
「夜逃げしたかと思った」って
言われて本当に嫌だったなあ。
 
修学旅行にも行けなかった。
 
今は全体的に生活水準があがって、
“生活するだけ”でお金がかかるけど
幼稚園が無償化、医療の助成、、、
羨ましいな。
 
 
お金がなくても立派になった人はたくさんいる。
 
でも、お金を理由にいろんなことを諦めた人もいる。
 
 
お金がないなりに道を切り拓いた人は
本当に立派だと思う。尊敬します。
でもそう思えば思うほど、
自分がダメなやつだと思えて辛かった。
 
 
だけど、「お金がないから諦めるしかなかった」
そうやって自分を被害者にして正当化して
逃げ続けてなかったかな?
それはしょうもない奴だ。
 
自分を卑下して、現実を受け止めてる気になってた。
ほんとしょうもない奴。
 
でも、ただ「しょうもない奴」なだけで
そこにポジティブもネガティブもない
 
ただ、そういう事実があったというだけ。
 
辛かった。仕方がなかった。だから逃げた。
被害者だと思うことで現実から逃げた。
ただそれだけじゃないか。
それはずるいことだったかもしれない。
でも、ずるい、それだけのことじゃないか。
 
被害者上等。

貧困は時代の被害者だ。

 
 
私がもっと早く気が付かなければいけなかったのは
自分が被害者ぶったずるい奴だってことでも
自分が所詮しょうもない奴なんだってことでもなくて
 
過去がしょうもない奴だからって
今もこれからも変わらないということはない、
これから変わってもいいし、
そのレッテルは剥がしていい。
罪滅ぼしのために生きる必要はない、
ということだった。
 
「変わらなければいけない」っていうと
また逃げてしまうかもしれないから、余白を。
 
 
ただの過去の事実にいつまでも
「苦しい」という感情を抱き続けるのをやめて、
もっと興味のあることに脳のメモリを使おう。
今を未来を幸せに。
 
 

 

 

いい子だと思われたい

 

こどもの頃、

”良い子症候群”のようなところがあった

 

母が喜んでくれる

家族が喜んでくれる

友人が喜んでくれる

先生が喜んでくれる

喜んでくれたら、自分も嬉しい。

 

”良い子”を演じているつもりなんかなくて

聞き分けの良い自分が好きで

褒められることが誇らしかった。

 

そもそも、わざわざ”いけないこと”をやって、

大人に𠮟られる友人の気持ちがわからなかった。

 

やりたくないこともあったし、

言われた通りに出来なくて怒られたこともある

バレないようにイタズラをしたことだってある。

 

それでも、もともと真面目な性格なのか

正義感が強いのか、素直なのか

 

大人の言いつけを守り、

みんなが嫌がることを進んで引き受けるような

そういう子どもだったと思う

 

いつも貧乏くじを引いていて、

自分ばかり面倒事を押し付けられて

本当に嫌になったりもした。

 

 

 

我慢は美徳

 

いつの頃からか、

我慢をすることしか分からなくなっていったと思う。

 

我慢をしないということは我儘になるということで、

この頃の自分にとって我儘とは悪だった。

 

”良い子”ではない選択肢を選ぶ方法を学ばずに

幼少期を過ごしてしまったのだ。

 

”良い子”ではないことを選択するとき、

全身がものすごい罪悪感にまみれ、

頭と心臓がぎゅっとした。

 

自分がひどく醜く見えて仕方がなかった。

自分が汚い存在に思えて仕方がなかった。

 

人生はきっと修行の場で、耐えて学んで

魂を成長させることこそ至上だと思っていた。

 

我慢をして頑張っていればきっと

徳を積むことができるのだ。

 

そう信じていたし

そう思えることは大人だと思っていた。

 

 

 

心を守るために

 

「乗り越えられる人にこそ試練がやってくる」

ある時期から、

こんな話は綺麗事でもなんでもなく

嘘なんじゃないかと思うようになった。

 

我慢することが精神的に辛くなりすぎていた。

 

誰かに褒められることも認められることもないまま

乗り越えればどうせまた次がやってくる。

歯を食いしばって耐えている、この感情の存在は

誰も知らないのだ。

 

この世に神様や仏様なんていない。

自分は誰かのゲームの駒で

何かを乗り越えようと必死になっている自分の姿を

笑いのネタにでもしているんじゃないだろうか。

 

耐えて頑張っててもうまくいかない状態で

傷つくのはとても辛かった。

 

傷つくのが怖くて、心を固くするようになった。

人と距離を置くようになった。

 

頭だけがどんどん大人になっていって

諦めるのが上手になった。

諦めることが、自分を守る手段だったのかもしれない

 

諦めて割り切れることはある意味で優れていると思った。

 

諦め続けるうちに、

自分がどんなことを喜びと思うのか忘れてしまった。

 

そして自分自身だけではなく、他人にも諦めた。

心をざわつかせなくて済むからだ。

 

 

矛盾

 

自分にも他人にも諦めた生き方をする反面、

地球上から戦争がなくなって

すべての人が心豊かに過ごせるように祈っていた。

 

すべての人が心豊かで幸福でいてほしい

なるべく自分にはかかわらないでほしい

傷つけ合わずにいるため精神性を高めたい

利己的な奴は死んでほしい

 

愛情でいっぱいの気持ち

攻撃的な気持ち

いろんな気持ちが混在した

 

あの頃の自分には、この感情をどう処理すればいいのか

解らなかった。

 

みんなが幸せであってほしいのに、

自分は何もできないどころか

憎んでしまうことさえある。

 

醜い自分が心の底から情けなくて大嫌いだった。