人生に迷い何をしていいかわからないから脳みそを整理しよう -22ページ目

人生に迷い何をしていいかわからないから脳みそを整理しよう

幼い頃は死が怖くてしょうがなかった。
生きることに悩むうちに不思議好きも手伝って自然と精神世界に目覚める。
「スピリチュアル」が流行る前。
今の課題は「自分を愛すること」
自分を愛さなければ…この「〇〇しなければ」をクリーニング


私は前世のことは何も覚えていないのですが、子どもの頃から無性に気になっています。

チャネリングとアカシックリーディングを受けたことがあります。

共通していたのは、
「修道女」「魔女」

何か力のある神官みたいな役割もしていたことがあったそうです。

一番最初にチャネリングを受けたのは、
悩みを解決したいというより「興味本位」でした。
お金に余裕があったわけではないけど、受けたくて知りたくてたまらなかったのです。

「私はいったい誰?」

そういう気持ちが強かったです。

いざチャネリング。
チャネラーさんに、「前世のチャネリングを受けたい、正直興味本位なんです。」と、お話ししたところ、何か私の方?を見ながら「確かに、トラウマを癒す時期ではないようですね」と言われました。

チャネリングしてもらい。
修道院で働く厳格な修道女の姿、魔女的な感じ、修験者の姿、シンメトリーな作品を作る芸術家…
いつの人生でも「真理を追求している」とのことでした。

いろんな話をしているうちに。。
私の育った家庭環境とかの話になったんです。
とっても辛くなってしまいまして…。

チャネラーさんは、“宣言するワーク”を教えてくれました。
「私は両親からのネガティブな影響は受け取りません。私は幸せを受け取ります。と、自分に宣言してください。」
「魔女だった方は、自分の血で契約書を書いている場合があります。それはすごく強力です。諦めずに宣言し続けてください」

で、それから数年。
(あ、宣言するワークは効果があったと思います!それからは自分の中の罪悪感との戦いになります。)

アカシックリーディングを受けて、また魔女や修道院の話を聞きました。

端折ります

で、マリアさんの記事を拝見しました。


“「貧しく清らかに生きる」という誓いを今世にまで、持ち越しているかもしれません。”


何かこの文章がむしょ〜に気になり、
魔女や巫女さんや修道女の前世の特徴を調べまくりました。

すると、人の役に立つ・自分の人生を人に捧げて生きようとする、それを良しとする、、、
といったことが書かれていました。

私はこどもの頃から人の役に立ちたくて仕方なかったんです。
役に立てないと自分を責めたし、役に立てない罪悪感でいっぱいになっていました。
自分の思いとは裏腹に今世のお役目というか目的?が、「人生を楽しむ」と言われることもよくありました。だからこの時代の日本を選んでいる、とのことです。


時代が変わり、人は人ではなく自分を助け、癒し、喜ばせることが出来るようになりました。
自分が他人を満たすことが出来るなんて、ある意味おこがましい。
自身の本当の喜びを追求することによって、それは人を喜ばせることになる。

満たすべき、喜ばすべきは自分自身だったのに、私の心はいつも他人へ向いていて、楽しみを追求しようとすると、罪悪感がべったりとつきまといました。


私はチャネラーさんに言われた“血で書いた契約書”の存在を思い出しました。

そして「それを燃やそう」と思いました。

最初は、“燃やすこと”が目的でした。

「私は、自分に幸せを与えることを許可します。
過去生で誓った、他者への奉仕と自己犠牲を手放します。
自分の血で書いた契約書を、聖なる炎で燃やします。
私は、人の役に立てて幸せでした。人へ奉仕できたことに心から感謝します。この誓いに感謝します。本当にありがとう。感謝して、聖なる炎で浄化します。ありがとうございます。」

炎で燃やし、契約書がキレイに消えるまでイメージしました。
ワークは、すごく自然に思いつきました。
(普段からやっているわけではないんです…)

燃やすことだけしか考えずに始めたのに、
自然と「感謝の言葉」が出てきました炎ハローキティラブラブ

これが本当に嬉しかったです。
そうだ、自分にとって必要だから選んできたのに、それを否定してしまったら過去の私が浮かばれないねおさるのもんきち


このあとは不思議なことに、自己犠牲の気持ちがなくなっていました。
例えば自分を優先しても、怖くなくなったんです。
自分のために、自分にとっての幸せを選ぶことに、罪悪感を持たなくなったんです。

私は前に出て人を助けるあまり、
自分を追い詰め、
さらにはその人から学びの機会を奪ってきました。

人はみな、苦しい出来事も楽しい出来事もすべて、自分で選んで生まれてきている。
このことに納得出来るかどうかは別として。

助けてほしいと思うこともある。
助けてもらうときもある。
助けることを選ぶこともある。

ただ、助けることを目的にしてはいけなかった。


だけどありがとう。
私は幸せでした。


幸せを選択すること
       ▶︎ 自分に許可
            自分には許可しない


この場を借りて、御礼申し上げます。
マリアのチャネリングメッセージさん、ありがとうございました。
仙台「勝利の女神」MEGUMIさん、その節はありがとうございました。
過去生の私、ありがとう。


なんか酔っ払って前回のブログを書いてしまった笑
反省〜

最近は、自分のことを肯定出来てる気がしてたけど、本音ではまだまだ責めまくりだったのかもなあ。。。
おばけ
反省〜

「責めないようにする」のが目的になっちゃって、
「責めそうになるとそのことについて考えないようにする」
ことがある気がする。。
責めてもいいよねハート
責めちゃうときもあるし、自分で自分が嫌になるときもある。
そんなときもあるね、人間だもの。


責めたっていいけど、それでクソほど落ち込むなら時間の無駄だねおばけくん

と、最近やっと思えるようになりました。


昔はダークスパイラルに陥ってて、本当に暗いことしか考えられなかった。笑

“気分を切り替える”っていうのが割と出来なくて、
でもあの頃は、そうやって自分のことものっすごい痛めつけながら暗くて悪いことばっかり考えながら、
自分なりに自分と向かい合ってたんだと、今は思う。

落ちて落ちて、傷ついて傷ついて、
私なりにはアレを味わい尽くしたと思う。

辛い経験をすると人に優しくなれる?
そんなことはなかったかもしれない。

私自身が傷つくのがもう怖くて仕方なかったから、
相手にもそんな思いをさせてはいけないと
“恐れからの優しさ”ならたくさんあった。

人それぞれだと言いながらも、
「は?そんなことくらい我慢できないの?」
って思ってしまうこともよくあった。ドクロ

今は一周?して、昔よりも自然な優しさがある気がする笑
無理に「助けよう」としないし、
自分を優先出来るし、
追い詰めまくらなくなった。
注意まくらなくなっただけで、まだやっぱり追い詰めるときもあり

ホオポノポノも、恐れからじゃなく、期待からじゃなく、自分自身に向けてクリーニングするイメージを、前よりも掴みやすいです。

本当によかった。
生きててくれてありがとう、わたし。ハート


自分を肯定するのは、とても難しい。
私にとっては。

自分のことを受け入れる。
そのつもりでいて。

気づけば否定してばかり。

それも、とてもささいなことで。。。

化粧を落として寝なきゃ。
ストレッチしなきゃ。
真面目に働かなきゃ。



私はいっつも、理想を追い求めてばかり。

私はいっつも、自分を否定してばかり。




例えば自分だったら、どう思うんだろう。
他人からこういう風にされたらどう感じるんだろう。
いちいち理想を抱かれて。
鏡を見てはがっかりされて。
思い通りに振る舞えなければ
下等生物扱いされて。

私はどうして、自分を否定してしまうのだろう。
私はどうして、ありのままを受け止められないのだろう。

みんなは、自分のことを受け止められてるんだろうか。