【#40 Magic hour with you / Dec.12.0079 】

ヘント・ミューラー少尉は、存在を抹消されてしまった特務G13MS部隊のパイロット、トニー・ローズ曹長の日記を、ぼんやりと眺めていた。
同僚のジン・サナダ曹長のことが書かれている。
腕は立つが、どこか人を見下したような、いけ好かないところがある。しかし、それでも、何か必死で、憎めないヤツだ、とも書かれている。
隊長のケーン・ディッパー中尉は、面倒見がよかったらしく、食事をご馳走になったことがよく書かれていた。”デューク”という少尉は、寡黙だったらしいが、この男も周囲をよく気にかけ、トニーやジンに兵士としての心構えを説いていたようだ。そして、中東から引き上げてきた部隊にいる”バカップル”への悪態。これは、自分たちのことだろうとすぐに分かった。
彼の個人的な思いは、随分としっかり書かれていたが、ガンダムを始め、軍の機密に関わるようなことは、一切書かれていない。きっと、軍人としての意識ある人物だったのだろう。
自分たちと、変わらない。彼らも、戦いの中で、互いの人間性を確かめるように、仲間と日々を過ごしていた。
ラッキー・ブライトマン少佐が、なぜヘントにこの日記を預けたのかは分からない。分からないが、ブライトマンの言うとおりだ。こう言う普通の若者たちが、命を懸けて戦い、死んでいったことを、誰かが覚えていてやらねばならないと言うことは、頷ける。こんな、他愛もない青春の日々や思いも、彼らは抹消されてしまうのだ。こんなに、かなしいことはない。
「覚えておくぞ、トニー・ローズ。」
はっきりと口に出して、そう呟くと、ヘントは手帳をそっと閉じ、荷物に仕舞った。
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「大袈裟なんですよ、毎日毎日しつこい検査をして……身体の方はなんとも無いんですよ。」
医務室から出てきたキョウ・ミヤギ少尉が不満げに訴える様子を横目に、案外元気そうだとヘントは安堵する。
あの狂気に満ちた戦場から帰還して2日経つが、第22遊撃MS部隊の面々は、まだジャブローに戻らず、テキサスの第4拠点にいた。ミヤギは、戦闘中に嘔吐し、失神しかけた。なるべく安静にさせながら検査を受けさせるために、ブライトマン少佐が手配したのだ。
ジン・サナダと、あの謎の敵部隊が消えてから、拠点に充ちる空気は嘘のように変わった。まだ戦線が落ちつききっていないので、緊張感はあるが、あの、異常な緊迫感は、もうない。北米戦線自体が、敵も味方もキャリフォルニアへ集結しつつあることも、影響しているのかもしれない。ここは、もう最前線から外れた後方と言ってしまって良い。
「ニュータイプがどうとかって、そういうことを調べるならいっそジャブローの方がいいんじゃないかと思うのですが。」
ミヤギは不満を漏らすが、ヘントには、テキサスにいる方が都合が良いと思った。
「少し、外の空気を吸わないか。」
割り当てられている食事の時間までには、まだ少し間がある。
「ええ、構いませんが……。」
ミヤギを連れ立ち、外を展望できるデッキに出る。

「……!」
ガラス張りの展望室に入った瞬間、黄金に染まる空を見て、ミヤギが息を飲んだ。
「マジックアワーですね。」
先日の出撃前に、イギーらと話題に上がった"夕焼け小焼け"だ。
ガラス戸を開け、外のデッキに出ると、二人で手すりにもたれて景色を楽しむ。
「この前は、結局マジックアワーどころじゃなかったからね。」
「イギー少尉はお呼びしなくても?」
ミヤギが、悪戯っぽく尋ねる。
「呼んだ方がいいか?」
「どうですか。」
「呼ばない。今日は、君だけがいい。」
ミヤギは、はにかんだ表情を浮かべながらも、満足そうに微笑んだ。

「素敵ですね、やはり、コロニーの人工の景色とは違います。」
「そう思う。同じ地球でも、ジャブローで土竜の真似事をしていてはありつけない感動だ。」
地球に降りてから、何度かこう言うものも見ている気がするが、こうも美しく見える気がするのは、ミヤギのおかげのような気もする。
自然の風を感じながら、胸いっぱいに息を吸い込むミヤギの横顔を、ヘントは横目に見る。白い肌が、夕日に照らされて、うっすらと輝いている。
——綺麗だ、と思う。

ミヤギが、くるりと顔をこちらに向けると、琥珀色の瞳と視線がぶつかる。ミヤギの容姿も、もはや見慣れた日常の一部であるが、それでもこうして不意にその美しさを感じると、ドキリとさせられるものがある。
「ヘント少尉、その……話しておきたいことがあります。」
こちらを向くミヤギの顔が、濃い影で半分隠れている。
そう言えば以前も、何か言いたげにしていたことを思い出す。
「わたし……一人では、戦場に立てなくなってしまったみたいです。」
伏し目がちに言われたその言葉の意味が、ヘントには分からなかった。
「ニュータイプ能力に起因する、PTSDのようなもの、だそうです。」
ミヤギ曰く、相手の心が読めるとか、行動の先が見える、というほど、感覚が鋭いわけではないという。だが、相手の動きが、何となく予測できる、気配を何となく感じ取れる、ということはあるという。”シングルモルト作戦”での活躍は、その感覚が冴えに冴えた結果だ。
「ただ、残念ながら、わたしの感性は自分に向けられた悪意に敏感に出来ているようでして……。」
ミヤギ個人に向けられた、強い敵意や殺意はダイレクトにキャッチしてしまう。中東の戦いでは、敵の部隊が明確にミヤギのガンキャノンを標的に迫った。そして今回のジン・サナダとの会敵。どちらも、一時的に行動不能に陥っている。
「体調が優れないときは、模擬戦でも影響が出ることがあります。」
そう言われれば、教導任務の後は、よく青い顔をしていた。あの夜も、そうだった。
「……すまない、気づけなかった。」
「違います。わたしが隠していたので。」
ただ、と、躊躇いながら言葉を続ける。
「ヘント少尉がご一緒なら、大丈夫なんです。前にも言った通り、あなたが傍にいてくれると、心が、優しく包み込まれるような感じがあります。」
それが、悪意から、彼女を守る盾の役割をすると言う。

「先日の、レッドウォーリアとの戦いも、あなたが傍にいたから、最後まで戦えた。それは、確信があります。」
「それは、わたしも同じだ。最後は君に助けられた。君がいなければ、死んでいたと思う。」
その言葉に、ミヤギは、わずかに身震いしたようだった。
「ジン・サナダは、ニュータイプでした。」
不意に、そんな名前を口にする。
「少し、話してもよろしいですか?」
「ああ、構わない。」
また、顔色が青ざめている。彼女は、彼女の魂に決定的な傷をつけた恐怖に、向き合おうとしている。黙って付き合うべきだ、と、ヘントは思った。
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