【#47 The shield of valkyria / Oct.4.0087】

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 ”ブルーウイング”の、宇宙での展示飛行用の機体、”ドラゴンフライ”と呼ばれるSFSが、滑るように機動を伸ばしていく。
 背面に寝そべっていたMS、ジム・スナイパーⅡはゆっくりと立ち上がる。背面を思い切り蹴って、鋭い機動で前に飛び出す。
 地上では、重力の制限があるぶん技術の妙が光ったが、宇宙では、MSが3次元的で自由な機動が取れるため、さらに華々しい飛行になる。
「今日もキレっキレだな、うちの隊長は。」
 一際鋭い機動を見せる、先頭の1番機を見て、SFS飛行隊長のアラン・ボーモント中尉は呟いた。
「違うな、今日”は”一段と、か……。」
もう一度、呟く。
(悔しいが、”彼氏”のせいか——。)
 レセプションの翌々日から、つまり、昨日から再開された訓練での、ミヤギ機の動きは、その前までと明らかに違っていた。よりダイナミックに、それでいて鋭敏に、機体性能の全てを使って飛ぶ。
 レセプションの夜、アランは、自分を躱したミヤギが、人混みをかきわけ、ヘント・ミューラーのもとへ向かうのを見た。だが、話していたのはほんの数分。二言三言がいいところのはずだ。
(2年ぶりとは言え、たったそれだけで元気100倍とは……いや、会えなかった時間がかえって燃え上がらせたか……?)
アランは、ミヤギの、ジュニアハイの——思春期の少女のような感性を、思わず嗤(わら)う。
「うちの隊長は、存外乙女チックらしいな。」
呟いた矢先、行くぞ!と、気合の入った声が通信機に飛び込んでくる。
「こりゃあ、勝てないよな……。」
アランは苦笑いを浮べ、機体を加速させた。背面に、稲妻のような勢いで、蒼い機体が追いついてきた。
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 2年間会ってはいなかったが、まったく連絡を取っていなかったわけではない。
 何もかもを監視されているのは分かっていたので、敢えて、軍内の公務用レーザー回線メールを使った。全て、業務連絡に見える文面だったが、2人にだけ伝わる暗号で、時々近況を報告しあった。やたら頻繁な業務連絡のやり取りは、不審に思われているはずだが、おそらく暗号は解き明かしようがないはずだ。それは自信があった。

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「それで愛を確かめあえるなんて、マニアックすぎます、お2人とも。」
 チタ・ハヤミ少尉は、ヘント・ミューラー中尉からその話を聞き、げっそりとした顔で感想を述べた。
「というか、そんな"機密事項"わたしに漏らしてもいいんですか?」
「君が"監視役"なのは初めから分かっていたが、それ以上に彼女を慕ってくれているのも、22部隊ににいた頃から知っている。」
君なら問題ない、と、ヘントは静かに応えた。
「じゃ、こちらの"機密事項"を……。」
 チタが差し出した小さな箱を、ありがとうと言って受け取る。ブライトマン麾下の諜報員を使い、わざわざ2ヶ月前にチタに接触して手に入れさせた。"超重要機密"と言っていい。
「すっかり二重スパイが板についちゃったじゃないですか……。」
誰にも聞かれないように、ひどく小さい声で呟き、ため息をついた。いつもなら要件を済ませれば、すぐに踵を返すチタが、何か言いたげにちらちらとこちらに視線を送る。
「もしかして、他に用事があるんじゃないか?」
 2日間の哨戒任務を終え、非番の便のランチから降りたところを、落ち合ったのだが、無重力ブロックの廊下を流れてきたときのチタは、すでに曇った表情を浮かべていたのだ。
 ちょっと、困ったことになりまして、と、縋るような視線を投げかけながら続けた。
「ティターンズと、模擬戦をすることになりました。」
 ヘントは動揺して、思わず、チタの顔を見た。ミヤギは、そのニュータイプ的な感性で、自分への敵意を敏感にキャッチしすぎてしまい、戦闘不能に陥ってしまうことがある。模擬戦でもその症状が出ることがあるので、もう何年も飛行訓練しかしていないはずだ。
「狙撃ショーの借りで、こちらも、ティターンズの要求を飲むことになりまして……。」
 以前、"ブルーウイング"で出た、ミヤギによる狙撃ショーは、コロニー宙域内での武装を頑なに拒むサイド5政権の許可が降りず、立ち消えになっていた。しかし、ティターンズのケイン・マーキュリー少佐がその話を聞くと、無理を通して実施することになったのだ。

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(丁度いい、ミヤギ中尉の狙撃ショーとやらが終わったら、そのまま演出で、我々と2対2の模擬戦に入りましょう。)
 時に暴力に訴えるという手段を赦されたティターンズは、押しが効く。どうにも、その要求を断るのは難しい。"ブルーウイング"司令である、ニコラ・ボーデン少佐のような、官僚気質の男には尚のことだ。何より、ティターンズである相手——ケイン少佐は、同じ少佐でも、実質の階級は上だ。ニコラ少佐ごときでは、ミヤギを守るために要求を跳ね除けることなど出来はしなかった。
「それで、わたしにどうしろと?」
「お前が模擬戦に出ろ。」
後ろから流れて来た、ラッキー・ブライトマン中佐が会話に加わる。
「は?」
ヘントは怪訝そうな声をあげたが、チタの目はきらりと光った。
「策士だな、少尉。初めからねらいは俺だな。」
言われて、チタはにこりと微笑む。
「俺は、ティターンズの奴らは好かん。」
 むっとした顔で、ブライトマンは言う。
「奴ら、ミヤギ中尉の体調のことは知っているだろうからな。引きずり出して、恥をかかそうって魂胆が見え見えだ。」
「やっぱり、知っているものですか?」
 チタがおずおずと尋ねると、それにはヘントが応える。
「さっきも言ったとおり、プライベートな動向もあらかた監視されていて、何もかも筒抜けだ。敢えて"怠っている"のは君くらいだ。」
つまり、ミヤギの体調のことなど、とうに伝わっているということだ。
「今は所属は違えど、面倒を見た可愛い部下だ。公衆の面前で恥をかかされるのを黙って見てられるか。」
まあ、任せておけ、と、ブライトマンはいたずらっぽく笑う。
「と、なれば、作戦会議が必要だな。」
 ニヤリと笑い、チタを見る。
「セッティング、頼めるな?」
 一瞬、キョトンとした後、チタはぱっと顔を輝かせた。
「もちろんです、お任せください!」
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 "ブルーウイング"の編隊飛行の最後、編隊中央からミヤギのジムが飛び出すと、四方から迫る無人機を、ビームライフルで撃ち抜いていく。
 その後、合流してきたティターンズの機体との模擬戦に突入する。
 これが、件の"狙撃ショー"と"模擬戦"の構想だ。
 模擬戦は、出力を最大まで落としたビームライフルを撃ち合い、着弾判定をコンピュータにさせる。狙撃ショーの無人機も、当初はボールが想定されていたが、ダミーバルーンに変更した。
「狙撃というか、早撃ちでは……。」
カイルが苦笑を浮かべて、感想を述べる。
「ロボットプロレスね、要は。」
 男の子って、好きだねぇ、と、アンナ・ベルク少尉も、面白そうに言う。
 EFSMPが使う宿舎のミーティングルームに、キョウ・ミヤギと、アラン・ボーモント、チタ・ハヤミと、そしてニコラ・ボーデン少佐が来ていた。EFSFは、ヘント、アンナ、カイルに、ブライトマンだ。部隊の面々を集めてミーティングも行える部屋なので、大して手狭にも感じない。
 チタの要請を受けて、直後、ブライトマンが動いた。航空宇宙祭の事務局に、展示飛行の構成を変えるよう、ゴリ押しした。今年は、EFMPと、"イーグルス"も展示飛行に加わるようにしたのだ。模擬戦は、ティターンズと"イーグルス"、"ブルーウイング"とEFMPのタッグマッチになる。期間中は、ティターンズも警備に加わるので、模擬戦に1機出したところで、警備が手薄になることはない。"イーグルス"も中隊規模の装備だし、EFMPも2班の予備機を警備に出す。
「ホントにプロレスですね。」
 カイルは終始苦笑いを浮かべている。カイルは、展示飛行で純粋な操縦技術を見たかったのだろう。
「戦後7周年だ、盛大に行こう、と言って通してきたよ。」
「7周年て、中途半端じゃないです?」
アンナが言うのも、最もな意見だ。
「ラッキーセブンの7周年だ。」
「俺が乗れればあんたらなんかに頼らないんだけどな。」
 アラン・ボーモント少尉は、不服そうな声で応じる。"ブルーウイング"の面々は腕利きだ。アランも、MSに乗れば十分戦える。だが、彼はSFS隊なので、模擬戦直前の展示飛行の関係で、MSに乗り換える暇がないのだ。
「アラン中尉では、MSに乗れても意味はありません。ミヤギ中尉の心を守れるのは、ヘント中尉だけです。」
チタがぴしゃりと断じる。
「その話、やっぱり本当なのか?」
 アランは、グリーンの瞳を鋭く光らせて、ヘントを見た。ヘントは応えないし、目も合わせない。
「模擬戦自体が何年ぶりか分かりません。どうなるかは分かりません。」
ミヤギが冷静に応える。
 展示飛行と、模擬戦は25日。これから約3週間程度の猶予がある。ミヤギの反応も見ながらになるので、EFMPの警備周期に、"ブルーウイング"との共同訓練も加える。その打ち合わせを、ここでする。
「任務にかこつけてMS・スペース・ドライブ・デートか。いいご身分で。」
アランが棘のある口調で言う。

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「男の嫉妬はみっともないよ、ハンサムくん。」
アンナが茶化すと、アランは横目でじろりと睨みつけたが、一度目を閉じるとため息まじりに続けた。
「だいたい、こんなミーティング自体危険でしょう。ミヤギ隊長とヘント中尉が結託して反乱を起こさないようにって、ピリピリしている連中はたくさんいる。」
揚げ足を取られる、と言って、ブライトマンを見る。
「そうだな、たとえば、お前とかな。」
ブライトマンは、動じず、にこりと笑い返した。
「……どこまで、知っているんです?」
「だいたい、知っているよ。」
それなりの筋の、ツテはある、とブライトマンは応じる。
「あいつらだって、何もかも見られてるって知ってるんだよ。そんな中でも、健気にああやって、お互い信じ合ってやってるんだ。若い奴らは応援してやりたくなる。」
「甘いんですよ、それが。」
 ミヤギを"守るため"に用意された"鳥籠"、"ブルーウイング"の監視機構は、その創設にもかかわっているはずのブライトマンが知らないはずがない。とすれば、アランの思惑も、アランがどこから送られてきたのかも、知っているのだろう。
「ミヤギ中尉を守りたいという気持ちは、本物だろう、お前も。そこは信用している。」
 チッ、とアランは小さく舌打ちをする。
「人たらしですね。」
「それで食ってきたようなもんだ。」
 2人のやり取りは、もはや聞こえていない様子で、ヘントとミヤギは、デバイスを開いて模擬戦の打ち合わせを始めている。

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「サラサールの時の、覚えているか?」
「わたしに殺到した敵を、後ろから、あなたが狙撃で奇襲した。その後、前に出た。」
「そうだ。それで行こう。敵は君に一泡吹かせたい。君を囮にして、引きつけたところを、わたしが突っ込む。」
「最初は、逃げ回ればいいですね。」
「そうだ、敢えて挟撃をさせろ。アウトレンジから。わたしが一気に奇襲する。できれば、初撃で一機、沈めたい。そのあとは後ろに下がれ。前衛はわたし、君は狙撃だ。」
「プロレスなら、派手に動き回らないと?」
「要らん。君の安全が優先だ。それと、勝つ。」
 真剣なやり取りだが、2人とも生き生きとしている。
(キョウ、楽しそうだな……。)
 チタは、二人の様子を目を細めて見守っていた。
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【 To be continued...】