【#48 The consideration for recovery / Oct.15.0087】


 ラッキー・ブライトマン中佐からの、急でふざけた提案は、半分握りつぶした。
 なぜ、”イーグルス”ごときに所属している、凡夫のロートルと、自分が組まねばならいのか。

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 ケイン・マーキュリー少佐は、新型MSバーザムと、自分のハイザック・カスタムのお披露目を理由に、”イーグルス”とのタッグは解消した。そもそも、奴らの使うジムでは、旧式すぎる。突如”乱入”してきたEFMPのキャバルリーは、まがいなりにもガンダムタイプの血を引いている。”ブルーウイング”のジムも、外観こそジム・スナイパーⅡだが、ジェネレーターや駆動系は新型のものに替えられ、第2世代MSに匹敵する運動性能を有している。”イーグルス”のジムは、コマンドタイプと呼ばれる強化型ではあるが、1年戦争の時代のロートル機だ。もはや哨戒任務専門に成り下がっている旧式のジムなど、組んだとしても却ってハンディキャップになる。
 ケイン少佐は、ドックに格納されている、自身の愛機である青いハイザックを見上げた。各所に改良を加え、高機動化されている。模擬戦でも、この機体に乗り、自身が出るつもりだ。
「残りのバーザムも、青く塗らせてよろしいんですね。」
 副官のマルコ・ドモリッチ中尉が尋ねる。
 ケイン少佐の部隊は、機体を青く塗っていることが特徴だった。今回の模擬戦の提案も、”ブルーウイング”のニコラ・ボーデン少佐は、揃いの青が映えることを喜んだ。
「ええ、青は良い。良い色だ。」
ケイン少佐が応える。
「良い色ですね?」
「え?ええ、良い色でおられます。」
 マルコは、慌てて応えた。
「”おられる”は、不適切だと思いますが。”おる”は謙譲語、”られる”は尊敬語。その場合は尊敬語の”いらっしゃる”が正しい。」
勉強になります、と、マルコはいつも通り、引きつった笑顔で礼を述べる。
「青に、思い入れがおありで?」
たぶん、聞いてほしいのだ。
「ええ、昔、青鬼……”蒼壁の鬼神”と呼ばれたパイロットがいました。」
 曰く、1年戦争当時、宇宙の戦線で、青いガンダムタイプを駆っていたパイロットだそうだ。
 ジオンに対する掃討戦で、凄まじい戦いをした。その姿は、ケインの憎しみを代弁しているかのように感じられた。
「わたしの上官でした。最後は黒い、高機動型のザクと戦い、機体を失いました。」
亡くなったのですか、と、思わず訊ねるところだったが、不用意に訊くのはやめておいた。
 ケイン少佐は、地球の、オーストラリアの出身だ。コロニー落としで、故郷はまるごと消滅している。
「わたしにとって”蒼壁の鬼神”は英雄だった。その圧倒的な強さと、正義を示す青、それを破った、高機動型のザク。このハイザックは、わたしにとって、正義と勝利と、力を象徴する機体です。」
それはそれは、と、マルコはおもねるような声で言った。
「あの青は、わたしが引き継いだ。わたしの誇りだ。」
遠くを見つめるように、ケインは目を細める。
「だから、”ブルーウイング”。同じ青を象徴とする者は、鼻につきます。」
 しかも、そのエースであり、ニュータイプともてはやされるキョウ・ミヤギは、旧サイド5生まれのスペースノイドだ。
 宇宙に適応した人類、ニュータイプ、という存在も、生理的に受け入れられない。言葉を使わず、意思疎通を行うと言うが、気味が悪い。人間は、地球の大地に足をつけ、言葉を交わし、昔ながらの生活を営むべきなのだ。得体の知れないテレパシーなどには、頼るべきではない。それは、人間としての美しさを損なう。人類の営みへの冒涜だと思えた。
「全てが、鼻につく。」
 なんとか、衆目に晒される場で、叩き潰してやりたい。
 そして、不穏分子のヘント・ミューラー。それを庇うラッキー・ブライトマン。今回の”乱入”は、奴らの鬼の首を取る良いチャンスだ。模擬戦はもちろん、勝つつもりだ。だが、負けても、今回の強引な割り込みは、連中を社会的に”殺す”良い材料になりそうだ。
 ケイン少佐は、目だけが笑っていない、気味の悪い笑顔を浮かべ、愛機を見つめていた。
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『やられた!ダメだな、2分と持たんとは……!』
 アグレッサー(敵機役)の"ブルーウイング"パイロットの声が、皆の通信機に入る。悔しそうだが、しかしどこか、楽しそうだった。

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『2人とも、すごい機動だ……。』
 EFMPのMS空母"サクラ"のカタパルト上、駐機中のキャバルリーのコクピットの中で、カイル・ルーカス曹長が息を飲む。それを聞きながら、隣に駐機しているジムスナイパーⅡのコクピットでは、アラン・ボーモント中尉が小さく舌打ちをする。
『聞こえてるよぉ?イケメンくん。』
そして、それを耳聡く聞いて、アンナが茶化す。

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 ヘント・ミューラー中尉のキャバルリーと、キョウ・ミヤギ中尉のジムスナイパーⅡが、ゆっくりと戻ってくる。先に着艦したキャバルリーが、ジムスナイパーⅡを、優しくエスコートするように手を差し出し、着艦を補助する。
『どう?具合は?』
 ふわりと着地したジムのコクピットに向かい、ノーマルスーツ姿のチタ・ハヤミ少尉が、ゆっくりと流れていく。
 模擬戦用に低出力化しているとは言え、武装を施した機体は、サイド5の宙域内に入れない。模擬戦の訓練は、"サクラ"を根拠地代わりにしながら、サイド5の宙域外で行なっている。"サクラ"は、MS空母の草創期の試作艦で、取り回しが悪い。MSの出入り口はカタパルト後方にあるエレベーターが一基だけで、出撃も格納も、そこを使わなければならない。艦内のMSドックに機体を格納してしまうと、出し入れをスムーズに行えなくなる。この訓練では人員も含めてカタパルト上で待機している。
「悪くない。大丈夫、本当に。」
 嘘はついていない。本当に、ビックリするほど、何ともない。
『チームのみんなはミヤギ中尉が好きだからなあ、そりゃ、敵意みたいなものを発することはできないよ。』
 アグレッサーを務めていた"ブルーウイング"のパイロットが、機体から降りるなり言う。
『なら、次のアグレッサーはアラン中尉だ。』
 ヘント・ミューラー中尉が、会話に加わる。
 おいおい、と、男の甘い声が通信機から聞こえる。
『悪いけど、俺が一番中尉を"好き"だぜ、彼氏さん。』
挑発的な口調で、アラン中尉が応じる。
『だから、あんたは嫌いだ。意味は分かるな?』
あんたになら、敵意をぶつけられる、と半ば吐き捨てるように言う。
『何言ってんです、キョウのこと、一番好きなのはわたしです!』

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なぜか、張り合うチタを、ミヤギが赤い顔をしながら小声で、いいから、と嗜める。
『分かっている。色々なパターンを試すしかないと思っただけだ。』
『じゃあ、"なら"って言葉は違うでしょう。』
『そうだな、すまない。』
とにかく、準備を頼む、と言って、ヘントは改めて全員に通信を送る。
『600秒後、各員行けるか。』
「行けます。行きましょう。」
 ミヤギが、明るく応えると、皆、了解と爽やかに応じた。
 やはり、気持ちがいい。
 いつもの完璧な連携も良い。だが、やはり、作戦行動こそが、自分の本懐だと自覚した。仲間の持ち味を活かし、様々な事態に臨機応変に即応する。そのために、訓練から様々なことを想定して、試す。ジャズのセッションのように、皆で作り上げていくこの、感覚だ。
 そして、そこに信じられる仲間が——ヘントがいる。
 それは、キョウ・ミヤギという戦士にとって、何よりも価値のある瞬間に思えた。
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(分かっている、だと。余裕ぶりやがって。)
 ジム・スナイパーⅡの機体を宇宙空間に滑らせながら、アランは苛立ちを覚えていた。
 レセプションや、先日の打合せ、どちらでもミヤギにわざとすり寄って見せたが、2人とも動揺らしい動揺を一切見せない。
 アランは、腕利きのパイロットでありながら、特務機関での訓練も受けた経歴を持っている。そこを買われて、ミヤギの監視役の新たなリーダーとして送り込まれた。ついでに、ヘント・ミューラーとの仲も引き裂ければ、とも命じられている。馬鹿げているが、いわゆる”ハニートラップ要員”だ。
 だが、この1年、キョウ・ミヤギは一切なびかなかった。ヘントは、そのミヤギの心象を信じ切っている。だが、仮にそうであっても、あんなにも露骨にすり寄ってくる異性が、自分の恋人の身近にいることは、普通、動揺しないか。それも、あらゆる機関から監視され、年単位で離れ離れにされてしまっている。普通だったら、耐えられない。
(二人とも、群を抜いた変態だ。)
 キョウ・ミヤギには、割と、本気で好意を持っている。陥とし甲斐がある。おまけに、あの乙女チックさ。自分の女に、ということを想像するのは、ハンター冥利に尽きる。
 だから、ヘント・ミューラーに対する嫉妬心と、嫌悪感は、先ほど宣言したとおり、本物だ。
(ヘント・ミューラーに対する敵意も、彼女を苦しめるというのか?)
 いや、そうではない。
 俺は、彼女を、監視対象として——そして、”獲物”として見ている。その感覚は、”敵意”に、近い。
(見抜いていやがる、アイツ——!)
 視界の隅に、白い機体が見えた。
(見つけた、ヘント・ミューラー……!)
 スロットルレバーをグッと握りしめる。
「狙うのは白いヤツだけだ!行くぞ!」
 僚機に告げ、急加速を掛けた。
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『アラン機、ロスト。』
 ミヤギの、涼やかな声がスピーカーから聞こえた。

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 ヘント機に、まっすぐ勢いよく向かってきたアランのジムは、下方に潜んでいたミヤギ機の狙撃で、呆気なく撃墜判定を受けた。こうまで露骨な囮に食いつかれるとは、本当に嫌われているらしい、と、ヘントは改めて自覚した。いや、違う。
(こいつも、キョウのことを——……。)
 ミヤギのことは、信じている。それは揺るがない。だが、この男の、そういう感性が癪に障るのは事実だ。
 もう一機は、そのままヘントが組み付き、撃破した。

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「健在だな、”琥珀の鷹の目”。」
『……通り名って、好きではありません。』
「そうか、それはすまなかった。」
 帰投しよう、とヘントは全機に通信を送る。とりあえず、このチームでの模擬戦は問題なさそうだ。ヘントが傍にいるからなのか、あるいは、気心が知れた相手との模擬線だからなのか、それは、分からない。検証の必要はありそうだが、ジャブローにいたころは、自分が同じ基地内にいたにもかかわらず、模擬線ですら体調を崩すことがあったのだ。今日のミヤギの様子は、大きな回復と言えそうな気がする。
「戻るぞ、ハヤミ少尉は艦内で待機しろ。すぐにメディカルチェックだ。」
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【 To be continued...】