
「未確認の艦艇及びMSは武装している。十分に警戒しろ。」
接敵予定地点に近づいてきたので、キャバルリーを3機とも、カタパルト上に上げる。
『ミノフスキー粒子の濃度が、上がっていますね。』
カイル・ルーカス曹長が応える。先程から、通信にわずかなノイズが入る。
この先は、ミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されていることが明らかだ。
『いつでも仕掛けられるってこと、ね。』
アンナ・ベルク少尉も、珍しく真剣な声を出す。
『でも、できればやりあいたくないなぁ。』
実戦は疲れるしぃ、と、やはり、すぐにいつも通りの口調に戻る。
レーダー観測は"サクラ"でお願いします、と、ヘントはブリッジに通信を送った。

「MS隊は、有視界戦闘準備。カメラの感度を最大にしておけ。フォーメーションDで、先鋒はわたしだ。60秒後に離陸しろ。」
了解、という二人の声を聞くと、ひと足先に、自分の機体を宙に浮かべる。速度をあげ、艦の前方を進む。
デブリの中に、微かに、バーニアノズルの火が見えた気がした。
『見えた!あれですよね!?』
後方、"サクラ"の側近くを飛ぶカイルから通信が入る。ミヤギほどではないが、カイルは眼がいい。
「こちらからは撃つな。敵かは分からん。」
『こんだけミノフスキー粒子ばら撒いて、仲良くしましょうって、それはないでしょう?』
アンナが茶々を入れるが、声の調子は真剣だ。
「無駄口は慎め。全機警戒体制!」
20秒後、遠くに、閃光弾があがる。
「何……?」

その光は、敵対の意思がないことを示していた。
『降伏するってこと?』
アンナが訝しげに呟いた直後、前方から、赤い巨人が3機、勢いよく迫ってきた。1年戦争時に敵対したドムを思わせるような、ずんぐりとした機体は、データで見覚えがあった。エゥーゴの、リック・ディアスとかいうMSだ。
先頭の一機は、バスーカを装備しているが、銃口を真上にあげている。戦闘に入る気がないことを示しているらしい。
『通信……生き……な?こちら、エゥーゴの、…………ゴン……』
連邦も、エゥーゴも、ティターンズも、アナハイム・エレクトロニクス社が提供している機体を使っている。通信などの簡単な技術なら、かなり互換性がある。相手の声も、ミノフスキー粒子に遮られながらも届いてくる。
「カイル曹長、武器を下ろせ。」
ヘントが通信を送ると、カイルはためらいがちにライフルの銃口を下に向ける。
「こちら、EFMPです。周波数が合っていない。チャンネル7に合わせられますか。」
ゆっくりと2度、通信を送る。
『……こちら、エゥーゴの、ランス・ペンドラゴン。』
今度は、相手の声がクリアーに届いた。ミノフスキー粒子下でも、ここまで近ければ、十分通信は届く。

ランス・ペンドラゴン。まるで、太古の騎士物語の登場人物のように、随分、大仰な名前だ、とヘントは思った。おそらく、偽名だろう。
『EFMP……白い方か。先に会ったのが、貴官らでよかった。』
『どういう意味だ?』
カイルが、鋭い口調で応じる。
『黒い方は、やり方が手荒い。ティターンズはもっての外だ。』
"黒い方"とは、黒いザク——シュトゥルム・ザックを運用しているEFMP第1部隊のことだろう。
「エゥーゴは、現在の我々の認識では反地球連邦組織です。我々の拘束対象になります。戦闘の意思がないなら、そのまま投降願います。」
『それは、できない。』
堂々として、キッパリとした物言いだ。ヘントは、スピーカー越しの声に、聞き覚えのあることに気づいた。
ランス。
ペンドラゴン。
どちらも、どこか、おとぎ話の騎士を思わせるような名前だ。
おとぎ話の、伝説の、騎士。
ランスロット、ガラハット、ガウェイン、トリスタン、パーシヴァル……ウーサー・ペンドラゴン。そうだ、そして、キング・アーサー。
伝説の騎士の名を冠した、堂々たる武人。
ヘントの記憶の中の、その人物は——

「アーサー……クレイグ、大尉……?」
何っ、と、短く、不審を含んだ声が返ってくる。
『……その声……まさか、ヘント・ミューラー少尉か?』
今度は、カイルが、何だと、と声を発する。
『え?何?ヘントくんの知り合い?エゥーゴに?』
アンナが、みなまで言う。
「なぜ、あなたが……」

ヘントが言い終わる前に、目の前のリック・ディアスが勢いよく後退する。カイルのキャバルリーが、再びライフルをあげたが、カイルが撃つ前に、後方から火線が三条伸びてくる。黒い塊が3つ、勢いよくキャバルリーを追い越していった。

EFMPの”黒い方”、第1部隊のシュトゥルム・ザックだ。ビームガトリングをばら撒きながら、突撃していく。

『第2部隊の掩護はなしか?』
最後尾にいる隊長機が、一瞬機体を止めて振り返る。
「やめろ、交渉中だ!」
『ぬるい!』
言いながら、機体を再び加速させる。
リック・ディアスの反応は一足速かった。おそらく、第1部隊には捕まらないだろう。
『中尉、追わないと!』
カイルが焦燥感を含んだ声をあげたが、ヘントは、いい、と制止した。
「今から追いかけても、追いつけない。」
先ほどのリック・ディアスのパイロットの声は、アーサー・クレイグのものだった。
ジオン公国軍のパイロットで、1年戦争では、オデッサと中東で、二度、ヘントと対戦した。最後はヘントが討ち取り、捕虜にしていた際に、少しだけ、話をした。気骨のある指揮官で、どこか通じ合えそうな感覚を持ったのを覚えている。捕虜護送中に行方不明になっていたので、死んだものと思っていたが、まさか、エゥーゴに参加していたとは。

『ヘント・ミューラー。なぜ追撃に協力しなかった。』
ランス・ペンドラゴンを取り逃がし、シュトゥルム・ザックが引き返してくる。EFMP第1部隊第1班MS隊長、バギー・ブッシュ中尉が、ヘントに通信を入れる。甲高いが、どこか、ドスの聞いた声だった。
「あの時点で追撃を始めても、間に合わないと判断した。」
『そもそも動き出しが遅かった。なぜだ。』
「交渉中だったと言ったはずだ。応じる様子はあった。」
フン、と、バギーは鼻を鳴らすと、機体を後方に流し始める。第1部隊の母艦の”シラウメ”も、ゆっくりとこちらに近づいて来ていた。
『第1部隊はサイド3だったはずじゃ……。』
アンナが不思議そうに言う。その通りなのだ。引継ぎの連絡は受けていないし、もし引き継ぐとしても、サイド3側の宙域で行うのが常だ。それは、どんなときも変わらなかった。
バギーは、応えない。勢いよくバーニアをふかし、母艦へと帰投していった。

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「サイド3を追い出されたらしいな。正式な通達が届く前に、本人たちが来ちまったか。」
”サクラ”に戻ると、ブライトマンが言う。第1部隊のことだ。
突如、サイド3の警備任務を解かれ、追い出されるようにサイド3を出発してきたらしい。
「ティターンズと、ジオンの残党が結んだ。」
一堂に、動揺が走る。カイルがなぜ、と、叫ぶ。
「だって、ティターンズって、ジオンの残党狩りを……。」
「表向きは、な。」
ブライトマンは何かを知っているらしいが、それ以上は語らない。

「こんな状況で、お祭りなんてやってていいのかしらね。」
アンナの呟きにも、誰も応えない。その沈黙は、いつもの、彼女の軽口を受け流すための無視ではなかった。
時代が、きな臭さを発している——。
【#49 The border between WHITE and BLACK / Oct.18.0087 fin.】
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム

#50 Return of the valkyria
君は誰と、ダンスを踊る——?
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
またのお越しを心よりお待ちしております。