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「元気?」
 ヘントが収容されている小さなコンパートメントを、アンナ・ベルク少尉が訪ねてきた。
「1班の面々は実質の軟禁状態と聞いていたのだがな。」
ヘントは、椅子に拘束されてアンナに”歓迎の言葉”を述べる。
「……とっくに知ってんでしょ、あたしが何なのか。」
 ヘントは応えない。その様子に、アンナは、好い奴だなあ、と、ため息をつく。
「拘束されてるなら大丈夫。たぶん、二人きりなら、もう少し話してくれると思う。」
 小銃を構えた見張りの二人を振り返り、アンナが言う。
「ちょっと、席を外して。セクシー女スパイの本領を見せてあげるから。」
 見張りは、部屋の外に出た。
「セクシー女スパイて、誰の話をしている?」
 ヘントにしては珍しい軽口で応じる。やはり、ヘントにとってアンナはまだ、気心の知れた同期なのだ。
「仕方ないでしょ、ホントにそんな感じの指示を受けて赴任してきたんだから。」
 ヘントとミヤギは——特にミヤギにとって、この二人が肩を並べて戦場に立つことこそが、上層部の恐れる”ニュータイプ”の権能の発動条件なのだ。それを引き裂くため、いわゆるハニートラップとして、それぞれに異性のアプローチを任務として授けた者がいるのだ。ミヤギを籠絡するのはアラン・ボーモント。そしてヘントには、この、アンナ・ベルクが当てられていたわけだ。一応、連絡を取り合ったこともあるが、2人が特に連携しているわけではない。
「……どう考えても不適任だ。」
「みなまで言わないでくんない?発想自体がバカとしか思えないんだから、あたしだって最初からやる気ないし。」
 そうだ。この男の想いに、誰かが入り込む余地などない。
 普通、考えられないだろう。宇宙と地球。張り巡らされてた監視の目の中で、ただただ健気に待つような、古の純文学作品にもないような”超遠距離恋愛”。普通の人間ならば、とっくに終わらせている関係だ。
 そもそも、もっと若く、訓練生だった頃。感性が瑞々しかったあの頃から、この男に惹かれたことなどないのだ。むしろ、こいつと仲のよかったイギー・ドレイクの方が、アンナの好みだったが、あいつはあいつで早々に家庭を持ってしまい、ヘント以上に相手にされなかった。
 ヘントとは、友達にはなれる。だが、これまで散々罵り合ってきたように、恋人とか、そういう関係を築くには、決定的な何かが重ならないのだ。
 アンナは、椅子に腰かけ、ヘントと目線を合わせる。ヘントの瞳を覗き込むと、自分の姿が映っているのが見えたが、なかなか美人だと思う。一応、すり寄る気配は見せてみたのだが、ピクリとも反応しなかったこいつに、少しだけ自尊心を傷つけられた。そういう、腹立たしさはある。
「でもね、一個だけ言わせてもらうと。」
意地悪に笑って続ける。
「あんたたちの暗号メール。あれの解析だけは、”ずぼら”なあたしでも、サボんないでやったからね。」
「……デバガメか、趣味が悪い。」
「失礼ね、仕事よ、仕事。」
 業務連絡に見せかけた、暗号文で、2人は頻繁にやり取りしていた。頻繁、と言っても、月に2、3度程度だが、それでも監視下にある2人の不自然なやり取りだ。マークされないはずがないと、当人たちもわかっていたはずだ。
 アンナは、暗号を解析した。

 だが、その内容は——……



 食堂でカレーが出た。君の作ったカレーが恋しい。

 チタがあなたのプロポーズを、さっさと受けろとうるさい。

 カイルは素直でやる気があって、見込みがある。

 アランの誘いがうっとうしい。

 今朝のコーヒーはうまく淹れられた。君と飲めたらなおよかった。

 夢見の悪い時も、朝のコーヒーが気分を紛らわす。

 アンナが貸した金を返す気配がない。

 チタと2人で"バーミヤ"作りに挑戦した。

 今年は航空宇宙祭を見られそうだ。

 見てもらえるのは、嬉しい。頑張りたい。

 …………。


 2人は本当に、ただの日常的な、どうと言うこともないやり取りしか行っていなかった。
「感謝しなさいよ。」
 アンナは、2人の暗号を思い出しながら、苦笑いを浮かべた。初めて恋人ができた、ハイスクールの優等生同士の、文通のような内容は、思い出すだけでこちらが恥ずかしくなった。
「全部ちゃんと報告したから。」
「……プライベートが著しく侵害されている。」
「違うでしょうが、あんなくっっっだらないやり取りしかしてないって、上も分かってたからあのメールは放置されてたの。あたしのおかげ!」
 ヘントは、フッと笑って、一応小さくありがとう、と礼を述べた。
「……でも、ごめん。ちょっと、ここからは、止められそうもないわ。」
 ハクシュウ大佐やブライトマン中佐は頑張ってくれているようだが、恐らく、ヘントは処刑される。
「覚悟はしている。」
ヘントは、落ち着いて応えた。ただ、と、真っ直ぐにアンナを見つめたまま続けた。
「一つだけ、頼みがある。同期のよしみで、聞いてはくれないか。」
「あたしのには応じなかったじゃん。」
「結局貸した金は返ってきていない。しつこく督促しなかったのは、十分な同期のよしみだろう。」
「……嘘、こうやってしつこくネチネチ言うじゃん、あんた。」
で、何?と、アンナは先を促した。
「俺の荷物に"超重要機密"がある。あれだけは、すまんが、ハヤミ少尉に渡るように手配してくれ。」
「……何それ?」
 どういうことだ。ヘントの動向は逐一、あらゆる監視網にチェックされている。アンナも、一応"監視役"なのだ。情報網のデータは共有しているが、ヘントの言うことに、一切の心当たりがない。
「"サクラ"の、俺用のコンパートメントだ。机の裏の壁、どこかが開く。君だけで回収して、ハヤミ少尉に渡せ。」
 キョウ・ミヤギに張り付いている衛生兵のチタ・ハヤミ。あの女も、監視を命じられていそうだが、アンナが見たデータからはただの衛生兵に過ぎないのは間違いない。だが、おそらく、長年側近くにいたことで情が湧いたのだろう。チタ・ハヤミが巧みに動いて、キョウ・ミヤギを守っているのも、何となく分かった。なかなかにやり手だ。
 その、チタ・ハヤミがかかわって、あらゆる監視の目をすり抜けた機密情報とは、一体——……。
「何?」
「見つければ、君なら分かる。」
 相変わらず言葉足らずなんだから、と、アンナは呆れた口調で言う。
「まあ良いわ。武士の情けじゃ。承って進ぜよう。」
「その、下手な芝居はやめろ。場がしらける。」

「うっさいわね!」

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 お願い、聞いてやんないよ、と喚いてみる。
「まあ、信じてもらえないかもしんないけどさ。」
 アンナは、椅子から立ち上がった。
「気心の知れた同期と一緒に仕事できたのは、心地よかったよ。あたしは、この1年、結構楽しかった。」
「別に、疑ってはいないさ。"仕事"の話も、君は嘘をついていない。それくらいは分かる。」
「ありがとう。やっぱり好いヤツだよね、ヘントくんは。」
こちらこそ、と、ヘントは言って、口を閉じた。

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「……じゃあね、ヘントくん……もう少し、一緒に仕事したかったかな、あたしは。」
寂しそうな笑みを浮かべ、アンナが言う。応えないヘントを見て、アンナはもう一度、ふっと笑った。
「カノジョさんは何とかあたしらで守るから。」
 そう言って、アンナはくるりと背を向け、部屋を出た。
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 U.C.0087、11月6日。
 ヘント・ミューラーは、現場検証を兼ねた取り調べの為に、サイド5"リボー"コロニー内、地球連邦軍軍事宿舎に護送された。サイド5滞在時の私室として使用していたコンパートメントでの現場検証に赴くところ、同宿舎に軟禁中だったEFMP第2部隊第1班MS隊隊員、カイル・ルーカス曹長により襲撃を受けた。
 ヘント・ミューラーは死亡。
 暗殺の実行犯、カイル・ルーカスも護送に付き添っていた、地球連邦軍諜報部所属アンナ・ベルク少尉にその場で射殺された。
 尚、その後の調査の結果、暗殺はカイル・ルーカスによる突発的なもので、計画性や共犯者の存在は無いものと判断された。
 航空宇宙祭への謎のMSの乱入事件から、一連の事変と判断された本事案を持って、EFMP第2部隊は解隊が決定。
 第2班の人員は、そのまま第1部隊に接収。第1班の人員は、10日後、ルナ2へ送られ、配置転換の旨を通達された。

【#52 “Der Process” / Nov.3.0087 fin.】






























次回、

MS戦記異聞シャドウファントム

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#53 ◾️◾️◾️◾️

そして、刻は動き出す——。



なんちゃって笑



今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。

またのお越しを心よりお待ちしております。










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