【#42 Watchdog of the universe / Sep.13.0087】

『そこの船舶、止まってください。』
サイド3周辺宙域を航行中だった、宇宙貨物船のブリッジに、俄かに緊張が走った。
「おい、ここの航路は大丈夫だったんじゃなかったのかよ!?」
操舵士の若い男が、いらついて大声を出す。
「知らねえよ!こっちは受け取った物を指示された航路で運んでるだけだ!」
艦長の老人、エレクも負けずに叫んだ。
『止まりなさい、積荷を確認します。』
「ビームライフルを出していやがる。あんなもんをこのブリッジに打ち込まれたらたまったもんじゃねえ。」
エレク老人の呟きを聞くと、先程のクルーがまた声を荒げる。
「何をひとりでブツブツと……誰に説明してんだよ、爺ぃ!」
「うるせぇな、ちゃんと素直に指示に従っとけ!」
怒鳴り返す。焦燥を感じた際に、誰にともなく説明するように呟くのは、この老人の60年来の癖なのだ。ただでさえ、焦っているときに、ほとんど生理的と言っていい癖を指摘されると、なお一層、苛立ちが募る。
「OSをリセットできるか?」
貨物室にいる、もう一人のクルーに通信を送る。
「奴らは”積荷”も確認するぞ。今のままじゃまずいだろう。」
ここの設備じゃ無理だ、と、通信機の向こうの男が叫ぶ。
「……と、なりゃあ、EFMPの奴らが中に踏み込んでくる……戦闘用の違法OSを積んだザクなんて見られちまったら、俺らもお縄じゃねえか、畜生……!」
「だからブツブツ説明すんなっつってんだろ!うるせぇんだよ、爺ィ!」
「うるせぇな!癖なんだから仕方ねぇだろ!!」
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エレク老人の"説明"どおり、彼らの船を捕捉したのは、地球連邦軍機動軍事警察、通称"EFMP"だ。
船舶を囲む、3機の白黒の機体は、油断なく、ビームライフルの銃口をこちらに向けたままだ。その佇まいには、秩序だった精悍さがある。
やがて、貨物船の何倍もある、グレーと黒のツートンカラーの大きな艦が、貨物船に接舷する。

貨物線の中に、"積荷点検"の技術班と、その護衛の武装した歩兵が流れて行った。
『ブリッジは制圧。』
『貨物室、制圧。』
『艦内、抵抗の意思なし。』
『積荷はMSです。OSを確認します。』
『武器も積載しています。アウトですね。』
ヘント・ミューラー中尉は、白黒のMS、RMP-001キャバルリーのコクピットで、次々と入る通信を聞いていた。
「"積荷"は一つか。」
"積荷点検"を請け負っている、白兵班長のキアヌ・ファーブル少尉に通信を送ると、そうです、と返事が入る。
「火は入っていないな。」
『ええ、貨物室内は完全に制圧しています。』
キアヌ班長からの報告に、ヘントはよし、と応える。
「ここはわたし1人で大丈夫そうだ。アンナ少尉とカイル曹長は"サクラ"に帰投しろ。」
『えー、いいのぉ?』
スピーカーからは、喜色を含んだ女の声が聞こえた。
「休めと言うことじゃない。乗組員の取調べがあるだろう。手伝うんだ。」
えー、と、今度は不満の声に変わる。
『良いんですか、小隊警備の原則に違反します。』
今度は、若い男の、生真面目な声だ。
「索敵は十分にしてあるが……ならば、カイルはそのまま、2種配備でコクピット待機だ。何かあったらまた出てこい。少し休め。」
『ちょっと!なんであたしだけ働かされんの!』
人遣い荒くない!?と、アンナと呼ばれたウェーブ(女性士官)は不満を訴えた。
「当たり前だ、上官こそが身を砕け。」
『同期のよしみでしょうが!』
「逆だ。同期だからこそ、遠慮はしない。」
いいから行け、と発破をかける。
『仕方ない、セクシー取調官お姉さんとして頑張るかぁ……。』
訳のわからないことをぶつぶつ言いながら、アンナは渋々母艦に帰投した。

地球連邦機動軍事警察、Earth Federation Mobile-Military Polis、通称EFMPは、地球連邦宇宙軍の指揮下にある、コロニー警備組織である。その目的は、ジオン共和国となったサイド3への、ジオン公国軍残党によるテロ行為の防止と、戦力を持たないかつてのサイド6——現、新サイド5周辺宙域の、有事における防衛である。試作型のMS用宇宙空母"サクラ"と"シラウメ"を母艦とした2つの部隊が、1ヶ月おきに2つのコロニーの周辺宙域に駐留し、警備に当たる。それぞれが、MSの小隊を主戦力とした2班で運用されている。
戦闘らしい戦闘は、起こったことはない。違法船舶の取り締まり程度の仕事が続いていた。
どちらのコロニーも主権は地球連邦にはなく、EFMPがコロニー内に立ち入って、戦闘や捜査行動を行うことはない。補給の協力以外で、コロニーに寄港・上陸することはまずないが、連邦軍による示威行為、つまり、"脅し"であることは間違いない。
(ティターンズと、変わらない。)
ヘント自身の理解は、そうだ。彼らのように、コロニー市民に何かを強要することはない。しかし、宇宙市民を、地球に住まう者たちの下に組み伏せるための——権力の象徴としてのMS部隊という、その存在意義は同じだ。


(キョウ、ミヤギ——。)
熱砂の激戦と、北米の地獄を共に潜り抜けてきた、恋人のことを懐かしく思う。
彼女の、戦場での気高い姿、仲間を思いやる魂の輝き、そして、あの美しい琥珀色の瞳を輝かせて、命を慈しむように笑う、あの、愛らしい顔を、ヘントは思い出す。
彼女は、いま、どこを飛んでいるのだろうか——。

MS密輸戦を、地球連邦正規軍に引き渡すと、いつもの帰投コースに入る。母艦の、MS空母"サクラ"の横を、ヘントは1機で随伴する。コロニー外壁を走っていくエレカから、小さな子どもが笑顔で手を振るのが見えた。
『こちらサイド3、宇宙管制当局。そちらの就航コースに異常は認められません。そのままコースを維持してください。』
了解、と、短く応じる。通信機から聞こえる声も、この応答も、いつもどおりだ。2日おき、周辺宙域の巡行警備にあたり、2日は寄港して休む。その繰り返しだ。
もう、3年になる。
3年間、この仕事の風景は、変わらなかった。安定は、嫌いではなかったが、この仕事が誰かを守るためになっているとは、とても思えない。
魂が、濁っている。
退屈で変わらない日常のためではない。この仕事に対する気掛かりが、自分の魂を濁らせていると、ヘントは思った。

U.C.0084、地球連邦軍は、サイド3および新サイド5周辺宙域の警備・哨戒任務を専門とする、機動MS警察部隊、EFMPを結成。
EFMP第2部隊1班のMS隊長、ヘント・ミューラー中尉は、第22遊撃MS部隊時代の命令違反及び、ニュータイプ兵士キョウ・ミヤギとの結託・及び反乱の危険性から、ラッキー・ブライトマン中佐の指揮下で管理。EFMP第1部隊及び、第2部隊2班は、ヘント・ミューラー反乱時の、捕縛・殺傷任務も極秘裏に課されている。
U.C.0087——宇宙はティターンズと、反地球連邦組織エゥーゴとの抗争で、混乱の時を迎えていた。しかし、いまだ、ヘント・ミューラーの周囲から、その争乱の影は遠い。
彼の恋人にして、熱砂に躍った伝説、"シングルモルトの戦乙女(ヴァルキュリア)"、キョウ・ミヤギにとっても、ティターンズとエゥーゴとの争乱はまだ、無縁のものであった。
【#42 Watchdog of the universe / Sep.13.0087 fin.】
次回、
MS戦記異聞シャドウファントム

#43 Glided cage
それは、黄金の、鳥籠——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
またのお越しを心よりお待ちしております。