【#38 All you need is ... / Dec.10.0079】

ジオンの拠点を攻めていた部隊が、一切の連絡を絶った。
壊滅していることも懸念された。予備戦力だった第22遊撃MS部隊が、前線への偵察に出ることになった。ハンガー内が、俄かに慌ただしくなる。
「ヘント・ミューラー少尉。」
機体に乗り込もうとしたところを、ラッキー・ブライトマン少佐に呼び止められる。
「戦場では、キョウ・ミヤギ少尉から離れるなよ。」
「何ですか、藪から棒に。」
先ほど、イギーからも二人の仲について”訓戒”を受けたばかりだ。
「そういうのじゃない。聞いてないのか?」
ヘントは思わず眉をひそめた。
「そうか。詳しいことは、ちゃんと彼女から聞け。いいから、とにかく、離れるな。いいな、言ったぞ。」
それだけ言って立ち去ろうとする。
「……何です?」
切羽詰まった様子だが、妙にはぐらかすような言い方が気になり、思わずブライトマンを呼び止める。
「説明が難しい。」
ブライトマンにしては珍しく、受け答えに要領を得ない。
「何と言うか……お前がいないと、戦えないと思う、彼女は。いれば、大丈夫だ。」
要領は得ないが、真剣だった。ならば、信じるしかない。分かりました、と返答する。
お前がいれば大丈夫だ、とブライトマンはもう一度呟くが、ヘントに、と言うよりも、自分自身に言い聞かせているように見えた。
「この戦場は異常だ。」
最後に、そう呟く。それについては、ヘントも完全に同意できる。
「十分に注意してくれ。俺は、お前らの誰も死なせたくないんだ。」
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『どういうことだ?』
イギー・ドレイク少尉が怪訝な声をあげる。
戦場には、敵も味方も関係なく、MSの残骸が転がっていた。
生き残っている者は、いない。
「後方に報告の必要があるな。」
率いてきた小隊は4個。そのうち1個を、輸送してきたガンペリーのところまで後退するよう指示する。残った3個小隊は、散開させ、生存者の捜索に当たらせることにした。ガンタンク隊として稼働していた”ライオンズ”も、ジムに乗り換えている。
ヘントは編成を指示する。イギーと、スコット・ヤング軍曹に、それぞれ小隊を率いさせ、自分の小隊にはジムを一機とミヤギを付けた。
『お前さぁ……。』
イギーが呆れた声を出す。
「すまん。私情ではないということは理解してくれ。」
まあ、良いけど、とイギーもそれ以上は詮索しない。もう、ここは戦場なのだ。

「代わりに、というわけではないが。」
我々の小隊が先行する、と、イギーに告げる。
「60分後、E18地点で合流する。イギーの隊は2時、スコットの隊は10時に展開してから回り込んで来い。何かあれば互いに信号弾を上げて知らせよう。信号弾が上がったところには予定を押して集合だ。我々は行軍スピードを上げてこのまま直進する。」
了解、と各機が明瞭に答えた。
ミヤギは、乗機を改良型のジムからガンキャノンに戻していた。ヘントのガンダムと、ミヤギのガンキャノン。戦力としては、他の小隊を上回ることになるので、自分たちが突出するのが合理的だと判断した。ミヤギの探知力も、先鋒を務めるのに相応しいと言える。
『久々の"シングルモルト"か。』
"シングルモルト戦法"とは、第22遊撃MS部隊が得意とする、突撃隊形を主体とした戦い方だ。高性能機、もしくはエースパイロットが全隊の先鋒となり、敵を探知し、先制攻撃を仕掛け、その後に後続の突撃で掃討する。今回は、その"シングルモルト"の先鋒を、ヘントとミヤギの2人が務めるということだ。
『すみません……。』
ミヤギが、か細い声で通信を入れてくる。
「違うな、合理的判断の結果だ。」
それよりも、まずは目の前の任務だ、と、ミヤギを励ます。
「砂漠の時のように、2人で敵を蹴散らすぞ。」
『……ええ、後続の、みんなを守りましょう。』
しかし、何だろうか、この重苦しい空気は。
不気味なプレッシャーが、戦場を包んでいるのを感じる。
『ヘント少尉、感じますか……?』
ミヤギも、何かを感じ取っている。ミヤギの鋭い感性は、こういう戦場の悪意や狂気を、必要以上に感じ取ってしまうのではないか。もしかすると、ブライトマンが念を押してきたのは、こういうことに対してなのだろうか。
「大丈夫だ。」
ヘントは、静かに、だが、力強く言う。
「大丈夫だ、俺がついている。」
『もしもーし、回線、オープンのままですけどー?』
イギーは、まったく、とため息をつく。
『ホントに気をつけるんだぞ、不死身の"被"撃墜王も、毎度生還とはいかんだろうからな。』
ヘントは過去に二度、自身の乗機を撃ち落とされている。イギーなりに心配しているらしい。
「ああ、お前もな。頼んだぞ。」
『了解。』
イギーは応え、自身の小隊を率い、闇の森に消えた。
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『来たのか……?』
ウォルフガングの機体を引き裂いた後、西の空を見上げて、ジンが呟いた。
「何?」
『嫌なヤツらが来た。』
ジンが、不機嫌そうに応じる。
「じゃあ、今度は、わたしが壊してあげる。」
カルアが猫撫で声で応えるが、いや、とジンは否定しながら、弾を撃ち尽くしたバズーカをパージして棄てる。
「どうして?あなたがウォルフガングを壊してくれたみたいに、わたしもあなたのために壊したいのに……!」
『ありがとう、カルア。』
ジンは”恋人”を労う。
『だが、アレは……今から来るヤツらは、俺のこだわりだ。俺が壊さないと……。』

「……っ!!」
ジンの脳裏に走った別の女の気配を感じ取り、カルアが声をあげる。
「また!あの女の!やっぱり好きなんだ!」
『違う。』
「違わないよ!自分で壊したがってる。それは特別なことだ!」
カルアは駄々をこねる子どものようにわめいた。
「ずるい!わたしだってホントは、ジンに壊してもらいたいのに……!!」
涙を浮かべて、本気で抗議する。
『違うよ、カルア。俺は、アイツを壊して、生まれ変わるんだ。君と生まれ直すために。』
ジンも、もはや自分が何を言っているのか分かっていない。
『大丈夫だよ。完璧に壊してみせるから。』
見ていてくれ、とカルアをなだめるようにジンは言う。その声は、酷く優しく響いた。そのことが却って彼の狂気を浮き彫りにしていた。だが、この場でそんなことに気が付ける者は、もはや存在していなかった——。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【 To be continued...】