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「来たよ!来たよ、来たよ!」
 シートの後ろで、カルアが歓声をあげる。
「黙ってろ、舌を噛むぞ!」
 目の前のザクの腹に、ビームライフルで風穴を開ける。
「素敵!壊してるとき、そういう顔してるのね!」
首を伸ばして、ヘルメットの中の横顔をのぞき込もうとしてくる。
「おい、邪魔だ!」
「ほら、右!」
今度はドムだ。レッドウォーリアは右のバズーカで敵機を粉砕する。カルアや、アイザックとかいうのが乗っていた黒いドムではない。
「少佐やアイザックは来ないのか!?」
「分かんない、みんな飛び回っているから、感じない!」
「分かったら教えろ!」
言いながら、敵陣のさらに奥へと機体を走らせる。
『”チェリー”先行しすぎだ!』
 ケーン中尉から通信が入るが、ジンは機体を止めない。
「だって、赤いのと俺との、一騎打ちをお望みでしょう!」
「”チェリー”って、コールサイン?」
カルアが楽しそうに笑う。
「そうなの?」
「うるさい!」
「そうなんだ!可愛い!」
「うるさいと言った!」
「あ、来た!」
 カルアが叫ぶ。
 瞬間、あの時の、時が止まる感覚に没入する。 三方向から、他とは違う敵意が迫る。
 群がる巨人の群れの後方に、明確な殺意が走っていた。
(わかる?真ん中が少佐。

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右がアイザック。

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左が大尉。)

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(わかる。これは、なんだ?この感覚は?)
(あなたと、わたしの魂が、繋がっている——。)
(何?)
(あなたも、ニュータイプでしょう?わかる?ニュータイプの共鳴は、こうやって、時間も空間も支配できる——。)
(感覚が、拡張しているのか?)
(そう、二人で、全部壊そう——!!)
  カルアの殺意が、いや、もっと、純粋な、破壊衝動が、レッドウォーリアを中心に、戦場全体に広がっていく。

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(何だ!?)
 ケーン、トニー、"デューク"、アイザック、グレン、ウォルフガング——他、この戦場にいるすべての兵士が、その毒気に当てられたように、動きを止めた。
「気色わりい!」
 叫んだのはトニーだ。スピーカーを介さず、全員がその声を聞いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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「悪霊め!」
 戦場を包む狂気の中を、赤い彗星が疾駆する。
 グレン少佐の狂気だけが、このプレッシャーの中で自由を得た。
「どっちが!!」
 向こうから来てくれた。
 やってやる。
 ジンは、敵を串刺しにすべく、ビームサーベルユニットを起動させようとした。
「ごめんね、ジン。」
 瞬間、カルアがシートの後ろから這い出してきた。なぜか、拘束が解かれている。
「ねえ、わたし、思いついちゃったの。ちょっと、あっちに戻るね。」
 時間が止まっているのか——?
 誰も仕掛けてこない。
「もっといっしょに壊そうよ。そのためには、MSが要る。ちょっと、もらってくるから、待ってて。」
 ふっと微笑みを浮かべ、コクピットハッチを開ける。
「少佐!」
 カルアが叫ぶと、ザクのコクピットも開いた。金色の長髪をなびかせた、青い瞳の美しい男が見える。ノーマルスーツは着ておらず、赤い、ジオンの軍服姿だった。
 宙に飛び出したカルアを、ザクのマニピュレーターが優しく受け止めると、そのままカルアをコクピットへと運ぶ。コクピットの中で、"少佐"はカルアを抱き締めるように回収した。
「よく、戻った!」
「じゃあね、ジン!また会おう!」

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 待て、行くな、カルア——俺は——!

 止まったままの時間の中で、赤いザクだけが、勢いよく後退していく。
「目的は果たした!全機、撤退せよ!」
 赤いザクから、鼻につく気取った声が放たれた。
 狂気の魔女に支配された戦場が、ようやく息を吹き返す。ジオンの巨人たちは、一斉に後退してしていった。
(大丈夫、またすぐ行くから——……。)
 最後にふっと、自分の魂に触れる感覚を残し、カルアの気配が急速に去っていくのを、ジンは感じた。
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「なんだったんだ、今の感覚は……?」
 ケーンは、コクピットの中で、息を切らしながら呟く。
 現実のこととは思えない。前方には、ジンのレッドウォーリアが、力なく地面に四肢をついて、座り込んでいる。
「なんだ……まるでおとぎ話ではないか。」
 敵は、本当にあの女を奪還するためだけに、あの規模の戦力をぶつけてきたと言うのか。囚われの姫を、救い出すために、派手な装束の騎士たちが敵地に踊り込んできた。そんな、馬鹿馬鹿しさだけが印象に残った。自分たち、G13部隊を含めた、15機でぶつかり、失ったのは、4機。敵も同程度の戦力をぶつけてきたようだ。こちらが食ったのは、先行していたレッドウォーリアが撃破した5、6機。いったい、彼らは、何のために死んでいったのか。これは、何のための戦いだったのか。

 沈みゆく夕日が、テキサスの荒野を美しく彩る。それが、かえって、先ほどまで戦場を覆っていた狂気を、兵士たちになまめかしく印象付けた。

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 そうして、敵も味方も、正体不明の狂気に当てられたまま、虚しく、戦場を後にした。

【#34 The battlefield of madness / Dec.8.0079 fin.】
























次回、

MS戦記異聞シャドウファントム

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#35 Before the storm of the madness

獣は、狂った風を待つ——。





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なんちゃって笑

今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しも心からお待ちしております。