「彼女は危険です。早々にジャブローにでも送るべきだ。」
尋問室から出るなり、ジンはケーンに報告を始める。
「彼女は、いわゆるニュータイプです。人の心を読む。」
「何だと?」
「しかし、どういう理屈かはわかりませんが、俺の個人的な思考にしか、その力は使えないとも言っていました。」
一応、補足してみる。
「どこまで本当のことを言っているかは分からんぞ。」
それは、そのとおりだ。
「クララ伍長は、そういう、思考を読まれて、というような瞬間はなかったか?」
ジンは、カルア付の衛生兵に尋ねる。彼女は、一瞬顔をこわばらせたが、いえ、そのようなことは、と否定した。
「とにかく、曹長を連れてこい、と。曹長のことを……その……」
「愛しているから?」
躊躇うクララの言葉を、ジンは面倒くさそうに引き継いだ。
「そうです。それです。」
「とにかく、俺はもう尋問には協力しない方がいいと思います。」
そうきっぱり告げると、ジンは自分のコンパートメントに戻った。
ひどく、疲れていると感じた。
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「大丈夫だよ、言ってないから。」
カルアは、ジンに嘘をついた。力を発揮するのは、ジンに対してだけではない。かと言って、知りたいことがなんでも分かるというほど都合の良いものでもない。自分の力の仔細は、実のところカルア自身にもよくわからないのだ。
しかし、自分に付けられたこの衛生兵、クララ・クラインが、グレンに買収されたスパイであることは、顔を見てすぐに分かった。ウォルフガングが、自分の情報網から入手したと思い込んでいる情報も、おそらくこのスパイが流したものだろう。
クララは、何も答えずに、拘束さているカルアにそっと水を飲ませた。
「あなたみたいのを付けてくれたってことは、助けに来てくれたりするってことかな?」
「分かりません、それは……。」
クララは末端にすぎない。降ろされてくる情報と、得た情報を、決まった手順で、決まった場所、人に、伝えるだけだ。それだけで、コロニーに住む母への仕送りが倍増するというのだから、思わず食いついた。だが、今回カルアの担当に付けられたことは全くの偶然だ。敵の諜報の手が、人事にまで及んでいるとは思えない。
「このままだと、わたし、ここからもっと後ろに送られるでしょう。」
クララは、答えない。たぶん、答えなくとも伝わってしまうことだ。
「それは、いやだ。彼と引き離されたくない。」
「わたしではどうしようもありませんよ。」
クララは正直に伝える。
「駄目だよ、協力してくれなくちゃ。」
してくれなければ、お前の身の上をばらす、と、言葉の裏にプレッシャーがある。クララは、恐らくこの魔女に屈するだろうと、自らの弱さを自覚してため息をついた。
「もっと、彼と話をしたいの。ね、お願い。」
意中の異性との仲を取り持つのを、友人に頼むかのように、カルアは笑顔で言った。
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一昨日落とした拠点が、再び奪取されたという一報が、夜半に入った。先陣には、例の赤いザクがいたらしい。そして、猛々しい働きをしたグフがいる。そのどちらかが指揮官らしい。
「私を助けに来たんだよ。もうじきここまで来るよ。」
あれほど拒んだというのに、なぜかまた尋問に付き合わされているジンに、カルアが楽し気に語る。
「無理だ。こっちは増援もきているんだぞ。」
MSも中隊規模で増援が入ってきている。不愉快なことに、キョウ・ミヤギのいる部隊も、予備戦力に投入される予定だと知らせが入った。
「それでも、やるよ。グレン少佐は、頭がおかしいから。」
「グレン少佐?君の部隊の指揮官か?」
「カルアって呼んで!」
「……分かったよ。」
この数十分で、彼女のペースに合わせてやれば、カルアはへらへらと情報を漏らすということを、ジンは学んだ。ここまで分かったことは、彼女は孤児出身だということ。上官のウォルフガングという大尉が面倒を見てくれたこと。アイザックと言う腕利きのパイロットがいること。その他にも、カルアが部隊内で置かれていた、人間性を否定されるような劣悪な環境について話した。
荒み切った身の上で、壊れてしまったのだろう。ジンの、わずかな人間性というか、庇護欲が刺激される。
ジンは諦めと有効性の選択と、そしてわずかな同情から、こいつの”ごっこ遊び”に付き合ってやることにした。
「俺の負けだ、カルア。認めるよ、俺は君を愛している。」
「やっと言ってくれた!」
カルアが顔いっぱいに笑顔を浮かべる。
これまで狂気を隠してきたことに比べれば、この程度の擬態は何ということもない。
「グレン少佐ってのは、誰だ?」
「わたしたちの部隊の指揮官。本当の指揮官は大尉だし、戦闘隊長はアイザック。だけど、金で買った少佐の地位について、わけのわからないことばかりやっている。」
腐り切った将兵を部下として付けられている。その上、お前のような壊れたヤツまでいる。まあ、まともな指揮官ではなかろう、とジンは思った。
「自分のことを選ばれた英雄だと思っているから、変なことばっかりやる。たぶん、わたしを助けに来るのがかっこいいと思ってるから、やるよ。」
「少佐は前線に出てくるのか?」
「うん、いつも、赤いザクに乗っている。」
有益な情報だ。
”亡霊狩り”。ばかげた任務と思っていたが、その対象も負けず劣らずの大バカ者だと分かり、ジンは思わず声をあげて笑ってしまった。
「少佐も君を物扱いか?」
カルアは首を捻る。おそらく、生活の一部なのだろうから、ジンの言うこともよく分からないのだろう。
「君には分からないだろうが、カルア、それは酷いことなんだよ。俺は自分の愛する人を、そういう風に扱う連中を許せない。」
ジンの台詞を噛みしめるように、カルアは瞬きをしながら口角をあげる。
「何これ、言われたことのない言葉。」
ジンのカルアに対する庇護欲と、敵将たちの横暴に覚える"正義の怒り"は、歪んでいても本物だ。そういうやつらは、許せない。
「俺は、そいつらを壊したい。カルア、俺に協力してくれ。」
え?と、カルアは不思議そうな声をあげる。
「わたしは、あなたに、わたし自身を壊してほしいのだけれど。」
「違うな。俺は、君以外の物を壊したい。君を守るためにね。俺は君だけを傷つけない。」
何それ、と呟いた後、うっとりと表情を緩め、そして、パッと明るい笑みを浮かべる。

「素敵。そういう感情も、この世界にはあるのね。」
落ちた。
初めから、こうすればよかったのだ。
「ねえ、キスして、ジン・サナダ。」
ひどく、艶っぽい表情を浮かべて、カルアが見つめてくる。この誘いに乗るのは、流石にやりすぎだ。捕虜のカルアと、今の自分には、明確な"力の差"がある。発覚すれば、これまでの模範的な軍人の"擬態"を根底から打ち砕いてしまう、危険な行為だ。
ジンはためらった。しかし、意を決して、新たな"擬態"を演じ切ることにした。そんな自分に、驚きを禁じ得ない。
黙って唇を重ねてやる——瞬間、宇宙に、意識が飛んだ。
不覚にも、快楽を感じてしまい、動揺して唇を離した。
「俺に任せておけ。俺が君に、世界の正しい有り様を見せてやる。」
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「提案があります。」
敵の動向を見定めるための打合せで、ジンが発言を求めた。
「許可する、ジン曹長。」
コヴ・ブラック少佐が、いつもどおりの気だるげな声で応じた。
「カルア・ヘイズを囮に、例の赤いザクをおびき出せそうです。」
ジンは、カルアから引き出した情報を皆に伝えた。腐敗した敵の状況と、カルアの荒んだ身の上という、二つの惨状に、ケーン・ディッパー中尉は顔を引きつらせている。
「よくそこまで聞き出したな、プレイボーイ。」
トニーが刺々しい声をあげる。なぜかカルアがジンに個人的な興味を示している。そのことが気に食わないらしい。ジンは、取り合わずに続けた。
「敵の指揮官、赤いザクの”少佐”は、カルアを奪還しにここを目指してくるでしょう。」
「……どうやって、おびき出す。」
”デューク”が尋ねる。
「自分の機体に乗せます。」

おいおいおい、とトニーが大きな声をあげる。
「勘違いすんなよ、てめえ!戦場をなんだと思ってやがる!!22部隊のバカップルどもよりもぶっ飛んでるじゃねえか!」
「……絆されたか。」
”デューク”が呟く。
「いえ、敵の指揮官、グレン少佐と言うらしいですが、自分を英雄視した異常な男だと、カルア・ヘイズが証言しています。敵に囚われた仲間の存在を知れば、自らそこに肉薄するはずです。自分のガンダムに、ジオンの捕虜が人質がわりに乗せられているとでも、諜報を使って情報を触れ回ってください。上が求める、ガンダムと赤いザクのロボットプロレスの画を、意図して作り出せます。」
「あの女の話を、そこまで信じられるか?」
ケーンが、至極当然の疑問を口にする。とにかく、カルアの言動は倒錯している。
「曹長には、嘘を言わないと思います。兵士としては支離滅裂な言動を繰り返していますが、曹長への、その……恋慕と言うか、思いは、本物ではないかと。」
クララがジンを援護する。彼女にとっても、渡りに船の状況だ。
「……女の勘、か。非合理的だ。」
「"デューク"の言うとおりだが……。」
ケーンは、呟きながら、既に常識的なことが通用しない、この北米の地獄に思いを巡らしている。シャアのザクを模した敵機。学生服のようなふざけた格好のドム。ジンの、鬼神のような戦い方。そもそも、勝ち目もないのにこうも粘るジオンの兵たち。何より、カルアという異常な存在。戦いそのものの狂気が、皆の感覚に毒を巡らせ、麻痺させているように感じる。
「戦場の異常性に、賭けてみるのも手じゃないか。」
カルアの毒気に当てられたかのような空気を打ち破ったのは、コヴ少佐だった。
「どうせ、この戦争は何をやっても俺らが勝つ。つまらん物量戦で捻り潰すより、一か八かの賭けっていうのに、燃えてみたくないか?なあ?」
コヴ少佐の眼が、ギラリと光った。
【#33 Poison / Dec.7.00079 fin.】

次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#34 The battlefield of madness
狂気が、戦場を支配する——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
また次回のお越しもお待ちしています。