【#33 Poison / Dec.7.00079】

「逆だろうが!こんなものを宇宙から降ろせるなら、一人でも多くの兵を宇宙に帰せ!」
ジオン公国軍パイロット、アイザック・クラーク中尉は激昂した。
先ほど、テキサスの荒野に降下された巨大なコンテナを回収してきた。中には見たことのない新型のMSが積まれていたが、これがおそらく、彼らの指揮官グレン・G・モーレン少佐相当官が以前言っていた”秘策”の正体だろう。
「貴様、口の利き方に気を付けろ!」
ウォルフガング・クリンガー大尉も、負けじと声を張り上げる。先の戦闘で”お気に入り”のカルア・ヘイズ軍曹を失い、分かりやすく苛立っている。戦いの滾りの捌け口がないのだろう。
「死ねば階級もクソもねえだろうが!!」
ウォルフガングの叱責も、もはや、アイザックには何一つ響かない。
「いいのか?今この場で一番腕が立つのは俺だ。てめえらみたいなクソが死ぬのはどうでもいい。俺は宇宙の同胞のためにこの命を使いたいね。お前は、どうだ、こんな狂った成金野郎のお遊びに付き合って死ぬのか?」
駄目だ。もう、感情の抑えが利かない。貴様、と、ウォルフガングが、こめかみに血管を浮かせて顔色を上気させたが、貴公子然とした優雅な声が二人のやり取りを遮った。
「カルア・ヘイズを失ったのは痛手だったな。」 アイザックから向けられる、激しい憎悪と不信など露ほども気に掛けず、グレン・G・モーレンが言う。一昨日、地球連邦軍の攻撃を受けた拠点は既に占拠されていた。その拠点を挟んで、この2日間小競り合いが続いている。「心を通じる者を失った貴公の悲哀も、察するに余りある、大尉。」美しい青い瞳に、哀れみに満ちた光を宿し、ウォルフガングの肩に手を置いて労う。「あれは、良い兵士であると同時に、良い女だった。わたしにも分かるぞ、
「カルア・ヘイズを失ったのは痛手だったな。」
アイザックから向けられる、激しい憎悪と不信など露ほども気に掛けず、グレン・G・モーレンが言う。一昨日、地球連邦軍の攻撃を受けた拠点は既に占拠されていた。その拠点を挟んで、この2日間小競り合いが続いている。
「心を通じる者を失った貴公の悲哀も、察するに余りある、大尉。」
美しい青い瞳に、哀れみに満ちた光を宿し、ウォルフガングの肩に手を置いて労う。
「あれは、良い兵士であると同時に、良い女だった。わたしにも分かるぞ、"ナハト・イェーガー"よ。」
アイザックは、憎悪を通り越して、口を開けて唖然としている。心など、通じてはいなかろう。
「何より、戦略上で大きな痛手だ。この”秘策”、我がモーレン社が総力をあげて手配した新型MS、ゲルググは、わが隊秘蔵の”ニュータイプ”カルア軍曹に運用させる予定だったのだからな。」

敵の十八番の空挺奇襲。新型MSには、携行型のビームライフルと、機体背部にビームキャノンが装備されている。これにカルアを乗せる。基地に残ったドダイで、敵の空挺部隊を空中で待ち伏せ、撃破する。
これがグレンの”秘策”だった。
「ニュータイプならば、敵の位置も察知できよう。」
「馬鹿か。」
戦争はコミックブックの超能力バトルじゃない。たかが一機のMSと、一人のパイロットの存在が、戦況を覆す秘策になどなるものか。アイザックはそう言いたかったが、わざわざ口に出すのもばからしかったので、やめた。
「カルアは生きている。」
ウォルフガングが腕組みをして、貧乏ゆすりをしながら話し始めた。
戦場に打ち棄てられていたカルアのドムは、外部からコクピットがこじ開けられていた。機体は手足を切断され、戦闘不能になっていたが、十分に原型をとどめ、コクピットの中もきれいなままだ。おそらく、生きて、捕虜にされている。
苛ついてか、あるいは笑みをかみ殺してか、奥歯を噛みしめる表情が、アイザックにはなんとも情けなくも俗っぽく見えた。
「では、奪還作戦だな。良いじゃないか、仲間のために命を掛けた戦いに身を投じる。英雄にふさわしい!」
グレンが嬉しそうに言う。アイザックは、もう好きにしろ、と吐き捨てる。
「山奥の赤鬼を退治して、姫君を助け出すサムライの話があったな。いや、炎の館に眠るブリュンヒルデを助け出すのは、不死身の英雄ジーク・フリートか。いずれにしても……」
自分に酔ったような口調でひととおり呟いた後、グレンはにこりと微笑む
「敵の牙城に囚われた姫を助け出す、運命の騎士は君だ、ウォルフガング大尉。」

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一昨日、捕虜にした敵パイロットを抱えて帰還したジン・サナダ曹長を見て、トニー・ローズ曹長は目を血走らせて、女じゃねえかと叫んだ。捕虜にした女兵士という状況が、戦場帰りで血を滾らせる兵たちの気性を刺激したらしい。
ジオンの女パイロットはすぐさま独房に入れられ、厳重な警備が敷かれた。捕虜を拘束するためよりも、むしろ、味方の狂気から守るための趣が強い。
身辺の世話をさせるため、若い女性の衛生兵も付けられた。その衛生兵、クララ・クライン伍長が、ジン・サナダを呼びにコンパートメントを尋ねてきた。
「発言は、要領を得ません。ただ、"赤鬼"……ええとガンダムのパイロットを、つまり、曹長を呼べ、との一点張りで……。」
クララを付き従えてきたケーン・ディッパー中尉も、すまないが、尋問に協力してくれ、とジンに頭を下げる。
ジンは、いつも通りの模範的な兵を擬態し、上官の要求を快諾した。
尋問室に入ると、捕虜の女は後ろ手に縛られ拘束されていると言うのに、ジンの姿を見て、パッと表情を明るくした。

「やっと来てくれた!」
まる1日も放っておいて、どういうつもり、と、ティーンの女学生が恋人を責めるような口調で言う。
「氏名と階級を教えてください。ファーストネームは聞いていましたね。」
相手のペースには合わせず、椅子の正面に立ち、事務的な口調で訊ねた。カルアというファーストネームは、戦場から連行する際、コクピットの中で向こうから一方的に告げられていたから、知っていた。名は体を表すというか、悪酔いする安酒のような名前だと思った。
カルアは、ジンの事務的な態度を見て、ムッと顔をしかめた。
「なんで、そんな、普通の人みたいに話すの?」
「普通の人?」
カルアの指摘は、ジンにとって最も触れられたくない部分に踏み込むものだった。
「だって、そうでしょ。その気になれば全部壊せるのに。」

とりあえず無視して、尋問を続ける。
「ファミリーネームと階級は?せめて階級は教えていただきたい。ご協力願います。」
ジンは事務的に続ける。
「ヘイズ。カルア・ヘイズ。ジオン公国地球方面軍所属のパイロット。階級は軍曹です。」
質問に応えなければ、相手にしてもらえないと観念したのか、軍人らしく無感動な声で返答した。
「分かりました、カルア軍曹。南極条約に基づいて、貴官の身柄は保証します。貴官の所属する部隊の布陣や規模などを教えていただくことは可能ですか。」
「嫌。」

子どものように頬を膨らませ、そっぽを向く。
「あなたの質問に応えたのだから、今度はわたしに付き合ってよ。」
「貴官からの質問は、貴官の人権と身分、身柄の保証にかかわる範囲でしか応じられません。
「違う、あなたのこと!ちゃんと教えて!」
「本官の個人情報も含め、軍務にかかわる事柄は機密事項です。」
「隠したってどうせ分かるのに。」
ジンは、手元の書類から目線をあげ、カルアを見た。
「どういうことだ?」
「ニュータイプだから。」
「誰が?」
ジンは、ドキリとした。
「わたしが。この間の戦いで、分ったでしょう。その気になれば、わたしはあなたの中にどこまでも入っていける。」
ニコリと笑い、こともなげに答える。
「では、本官のことを知りたいのなら、その能力をお使いください。わたしは軍務規定に基づいた尋問の範囲内でしか、貴官と意思疎通を行えません。」
「……じゃあ、話すことはないよ。」
形の良い唇を尖らせ、カルアはうつむいた。意外と長いまつ毛が、頬に影を落とすのを見て、ジンは一瞬、キョウ・ミヤギを思い出してしまった。
「……!」

カルアが、パッと顔をあげる。
「いま、他の女のことを考えたでしょ?わたしが、目の前にいるのに!」
「違う。」
「違わない!好きなの?そいつのこと?」
「やめろ。」
「その言い方、さっきと違う。感情的だ。大事なものを守りたい人の言い方だ!」
「うるさい、いい加減にしろ。」
「南極条約!」
「問題のない範囲のやりとりしかしていない。」
自分の中の、キョウ・ミヤギの存在を感じ取った。ニュータイプというのは、本当らしい。
「……どこまで読み取った?」
機密事項、たとえばガンダムや、部隊の規模にかかわることなどが読み取られてはいないかを、ジンは懸念した。
「そういうのは、興味ないから、できないよ。これ、たぶん、あなたのことにしか使えないと思う。」
つまり、ジンの心情を察知することに特化していると言うことが。質問の意図も、言葉にしていないところまで、明確に把握している。
「あなたがいるのは、遠くにいてもわかったもの。言ったじゃない、ジン・サナダ、わたしたちは運命につながれているって。」
そういえば、自分は名乗っていないことを、ジンは思い出した。
「ね?わかったでしょう?」

上目遣いに囁いてくるその顔が、得体の知れない妖艶さを帯びる。
「愛しているわ、ジン・サナダ。あなたの手で、わたしを壊して。」
ひどく、艶めいた表情で、カルア・ヘイズはジン・サナダに、その歪んだ思いを改めて告げた。
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【 To be continued...】