
夜襲に備え、パイロット達はコクピットの中で仮眠を取った。カルアは、コックピットの固いシートでも深い眠りに就ける。だが、どんなに深い眠りでも、敵の襲撃を感じれば、直ちに覚醒できるという特技を持っていた。孤児のころから、生き抜くのに精いっぱいだった。ニュータイプ的な感性と言われればそうなのかもしれないが、野生の獣の直感に近いように思う。どちらでも、カルアにとってはどうでもいいことだ。
(……来た——。)
カルアは、目を覚ました。露天駐機中の機体に火を入れ、グン、と小さく旋回させると、周囲のパイロットも目を覚ました。
『敵か?』
隣のザクに乗る、ジョッシュ少尉が尋ねる。レーダーは、まだなにも補足していないが、地上も空中もミノフスキー粒子の濃度が異常に高い。襲撃の予兆はある。
「ええ、もう、来ます。皆を起こしてください。」
『信じるぞ、ニュータイプ。』
少尉の応答も、カルアには聞こえていない。カルアは、目を輝かせて空を見上げる。
(来るのね、やっと、会える。やっと、殺してくれる!)
はやく、わたしの元に来てほしい。
この胸の高鳴りは、歪んでいても、間違いなく恋だ。
(この感覚、とっても嬉しい。とっても、気持ちいい。楽しいわ、わたし、いま、とても……。)
カルアは、今、生まれて初めて生を実感している。
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ガンペリーのカーゴの中でジン・サナダ曹長は、誰かに呼ばれるような違和感を覚えた。
(女の声——?)
もう、女性という言葉とキョウ・ミヤギのイメージが、固く結びついてしまい、離れない。ヘント・ミューラーとトニー・ローズが、下世話で生々しいイメージを俺に押し付けたせいだと、ジンは苛立つ。
通信機には、降下のカウントがコールされている。ジンは眉間に力を入れ、スロットルレバーをいつもよりきつく握って気合を入れる。
ゼロのカウント共に、機体を闇夜に放った。

(なんだ——?)
何が、か、分からないが、昨日までの戦場と雰囲気が違う。
『敵が既に展開している。』
通信機から聞こえるケーン・ディッパー中尉の声は、いつも通り冷静だったが、わずかな動揺があった。
ここまでの戦闘から、夜襲を主体とするこちらの戦術に、敵が適応してくることは十分予想はできた。だが、地上から上ってくる火線を見ると、まるでこちらの布陣を把握していたかのような場所から反撃してきている。
恐らく敵の主力はザクが中心だ。レッドウォーリアとナイトシーカーの性能ならば、注意を払えば余裕を持って対応できる。部隊の誰もが、これしきの逆襲で算を乱す程、惰弱なパイロットではない。
ジンは、バーニアをふかして機体を横に滑らせる。地表に並んで、マシンガンを天上に撃つザクが3機見えたので、空中からビームライフルで狙撃した。
(他愛もない、無駄なことを!)
どんな小細工を弄しようと、何機揃えようと、ザクごときでは俺を止められるはずがない。

ジンは、機体を着陸させると、次の獲物を求めてレーダーとモニターに視線を滑らせる。
(見つけた——!)
レーダーに反応するのと同時に、いや、それよりもコンマ数秒早く、ジンの精神に、ダイレクトに思考がぶつかってきた。女の声だ。それも、少女のように、明るく、無邪気な感覚——まるで、テーマパークに連れてこられてはしゃぐ、子どものような気配がぶつかってくる。
「遊びにきたのか!?戦場だぞ!?」
”デューク”から釘を刺された自分のことを棚にあげ、ジンは思わず叫んだ。
(なんでさ、遊んでよ、わたしと!)
少女の声が応える。
(相手にも、聞こえているのか!?俺の声が!?)
(聞こえるよ!待ってたんだ、昨日から、ずっと!)
言われて、モニターに映っているのが昨日の黒いドムだと気付いた。よく見ると、胴体の中央には金の釦のような意匠が並んでいて、軍服か学生服のように見えた。
「ふざけた格好で、ふざけたことを——!」
ジンは吐き捨て、距離を取ろうと後退する。こいつには接近しすぎると、狂気に当てられる気がした。

背後から、敵意を感じた。迫ってきたザクを2機、ビームライフルで撃ち抜き、またすぐ機体を反転させる。さっきのドムが、バズーカを2発放って迫る。ジンはかわして、いつもの癖で距離を詰めた。

(壊してしまえば、黙るだろう!)
ビームサーベルユニットを起動させる。
(いいよ、殺してよ、思い切り、気持ちよく——!)
予想を完璧に覆す反応に、ジンは思わず動揺した。ビームサーベルの刃を仕舞うと、ドムと組み合う姿勢になった。
「何なんだ、貴様は——っ!!」
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『何なんだ、貴様は——っ!!』
機体同士が接触したため、直通回線がつながってしまったらしい。敵パイロットの、狼狽えた声が、カルアのいるコクピットに響いた。ウォルフガングとは違う、若々しさを感じさせる、張りのある男の声だった。
『昨日の”アレ”も、貴様かっ!?』
魂が揺れているような、震える声に、愛おしさを感じる。
「あなたも、感じていたのね……可愛いよ、そういうの。」
カルアは、うっとりと目を細める。敵のパイロットの心が、解け合うように自分に入り込んでくるように感じた。ウォルフガングとの、麻痺した関係よりも、ずっと生々しい快楽が、カルアの魂を充たす。
『ふざけるな、貴様、俺に、勝手に——何なんだ、一体!!』
「怖がらなくていい。わたしたちは運命でつながれている。」
『おかしいぞ、貴様!』
「愛や恋なんて、おかしくなくちゃできないでしょう!?」
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何だ?
何を言っている、こいつは?
ジンは、自分を上回る狂気に対面し、完全に狼狽していた。
『”チェリー”、何をしてる!』
”デューク”の声に、ハッとする。気づくと、敵機の後ろから、”デューク”のナイトシーカーが表れ、ビームガンを構えている。
ドムは通信が入るより早く、レッドウォーリアを振りほどくと、鋭い機動を取って”デューク”の狙撃をかわした。”デューク”が外すのを、ジンは初めて見た。
(邪魔をして——!!)
敵の女の、ヒステリックな叫びが、また頭に直接響いた。
”デューク”は敵機に直接当てるのではなく、追い詰めるように敵機の機動を防ぐ位置に射撃を続ける。

『”チェリー”とどめはお前だ。』
本当は、バズーカかライフルで撃ちぬくべきだった。だが、ジンはビームサーベルユニットを起動させると、敵機のバズーカを持つ右腕と、続けて両脚を薙ぎ払い、戦闘不能に追い込んだ。
(ヘント・ミューラー、お前のつまらんデータが、初めて役に立ったぞ。)
地上に青天井となった敵機に向け、”デューク”がとどめの一撃を打ち込もうとしたが、ジンは、わざと射線に割って入った。
動揺したのは確かだ。
だが、なんだ。
こんなに無遠慮にぐいぐいと、自分の心に入ってくるやつは、一体どんなヤツだ。
ジンは、敵に対する微かな興味を覚えると共に、奇妙な高揚感を感じながら、無力に寝転ぶ敵機を見下ろした。

ドムのコクピットをこじ開け、パイロットを引きずり出す。抵抗しないよう拳銃を突きつけ、拘束して捕虜にする。
「やっと会えた。」
敵のパイロットは、上気した頬と、潤んだ瞳を向けて囁く。
「殺してほしいと思っていたけど、ごめん、興味がわいちゃった。ねえ、もう少し一緒にいよう。」
倒錯した囁きは無視した。こいつは間違いなく狂人だ。
『第2撃が来るぞ。』
周囲を警戒していた"デューク"の通信を聞き、ジンは捕虜にした女を引きずり、コクピットの端に押し込めた。
『上空にガンペリーが迎えに来ている。帰るぞ。』
"デューク"の指示で、機体を宙に浮かせる。
「ねえ、聞かせてよ、あなたのこと。」
相変わらず、わけの分からないことを楽しげに話し続けている。女の囁きを無視しながら、ジンは、なぜこいつを殺さなかったのだろうと考えた。
【#32 Lovesickness and madness / Dec.5.0079 fin.】

次回、
MS戦記異聞シャドウファントム
#33 Pison
その毒は、魂に、まわってゆく——。
なんちゃって笑
今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しも心よりお待ちしております。