【#31 Demon slayer / Dec.4.0079 fin.】

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『赤いザク!グレン少佐だ!無事お帰りだぞ!』
 テキサス州にある、ジオン公国軍の前衛拠点の守護神のように立つグフから、オープン回線で通信が入る。パイロットは、”ナイトイェーガー”の異名を持つ、ジオンの歴戦の指揮官、ウォルフガング・クリンガー大尉だ。
 連邦軍の強襲を受け、守備していた拠点を放棄して後退した”グレン隊”は、テキサス州にあるジオンの前線拠点に引き上げてきていた。指揮官の、グレン・G・モーレン少佐相当官は、勇敢にも自身の部隊の殿を自ら務めて、今、この拠点に引き上げてきたのだ。

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 グレン少佐相当官は、愛機の赤いMS-06Sから降り、ハンガーを闊歩した。ノーマルスーツは身につけていない。後から到着した黒いドムのホバーの風圧が、グレンの美しいセミロングの金髪を、宙になびかせた。
「グレン少佐、ご無事でしたか。」
 青い軍服を着た、大柄な男が近づいてくる。おもねるような口調だが、グレンは特に気にする様子もない。そういう態度で周囲から接せられることに慣れている者の振る舞いだった。
「心配を掛けたな、ウォルフガング大尉。だが、わたしには英雄となるべく神の加護があると、改めて確信したよ。」
見ろ、と先程まで搭乗していた赤いザクを指し示す。
「その証拠に、わたしのザクは傷一つついていない!」
「自分は大して戦ってないからでしょうが。早々に逃げ出しやがって。」
 ヘルメットを肩に担ぎながら、黒いドムから降りてきたパイロットが憎々しげに言う。

「アイザック。よく少佐を守ってくれたな。」
 ウォルフガング・クリンガー大尉は、ドムのパイロット、アイザック・クラーク中尉に、笑顔で労いの言葉を掛けた。ウォルフガングの笑顔は、日によく焼けた肌に、白い歯が眩しい。そういうところに、この男の虚栄心が見え隠れするようで、アイザックに嫌悪感を抱かせた。「連邦のMSどもはとんでもない性能ですよ。俺ら以外はあっという間にやられた。」

 アイザックの話に、そうかそうか、それはよくやった、と、ウォルフガングはもう一度ねぎらいの言葉を掛ける。いつもどおりの、わざとらしい口調だと、アイザックは白けた気分になる。一応、ありがとうございますとだけは返事をしておく。

「特に、赤いツノ付きのやつが、妙に殺気だっていた。タラマンカで目撃情報があった赤いMSじゃないかと思いますね。」

「おお、例の、"赤鬼"。」
 ジャブローへの空襲が失敗してからこちら、毎日北米のあちこちで連邦軍からの激しい逆襲があった。たった数日で、"ガンダム"はあちこちで目撃されているし、赤いのから青いのから、バケモノじみた性能で猛威を振るう敵機の情報が飛び交っている。今や、北米は魑魅魍魎が跳梁跋扈する地獄と化している。
 二日前、この地点への直線上にある、南米の拠点が、"赤鬼"を思わせる攻撃的な敵機の攻撃を受けている。アイザックが言うのは、その赤い機体だろう。

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「面白い、鬼退治か!英雄の所業に相応しいな!」
美しい青い瞳を輝かせ、グレンの表情がパッと華やぐ。
「残念ながら、今の趨勢では狩られるのは我々の方です。」
 アイザックは、自分の上官に当たる美しい男に、心からの軽蔑の目を向けて言った。
 グレン・G・モーレン少佐相当官は、サイド3に本拠地を持つ複合企業モーレン社の御曹司だ。親の金で軍籍を買い取り、どこから調達したのか、本物かも分からないS型の赤いザクを駆り、自身を英雄と言い放ちながら戦線に登場した。自分たち軍人だって、なかなか壊れてしまっている者が多いが、常軌を逸しすぎる思考が金持ちの道楽と割り切れない。一応対面を保つべく、自分やウォルフガングのような正規軍人が付けられているが、ばかげた子守に、アイザックは反吐が出る思いがした。
(何が英雄だよ。こんなところに送り込まれてきた意味を考えろ。)
 オデッサにアフリカと、地上の各戦線は崩壊した。敵の地上の全戦力は、この北米に向けて結集しているのだ。そんなところから、引き上げられもせずに留め置かれているのは、つまり体よく排除されようとしているのだと気づけないのか。
「さっさと宇宙にあがれるように手配してください。俺は、こんな奴と一緒に心中するなんてごめんですよ。」
アイザックは、ウォルフガングに向けてそう言い捨てると、その場を後にした。ウォルフガングは、その背中に、戦闘報告はお前が作れと投げ掛ける。ああいうことを言いながらも、アイザックは真面目な軍人であるとウォルフガングは理解している。
「では、わたしも少し休ませてもらおう。失礼するよ、大尉。」
 アイザックの悪態も気にせず、グレンは優雅にそう言って、ハンガーを後にした。

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「おお、カルア!無事だったか!」
 最後にやってきた女性パイロット、カルア・ヘイズ軍曹の姿を認めると、ウォルフガングは一際明るい声を出した。
 カルアと呼ばれたパイロットが軽く敬礼をすると、ウォルフガングは、彼女の両肩に掌を乗せた。そして、少しかがむと顔を近づけ、囁くように言う。
「俺は、少佐や荒くれ者のパイロットのことなどどうでもいいんだ。お前が無事でさえいてくれればな。」
カルアは表情を動かさずに、お気遣いに感謝しますと応える。
「疲れているだろうが、お前のためにささやかながら食事も用意させている。そのまま俺のコンパートメントに向かえ。」
自分に酔うような、甘い囁き声でカルアに告げる。
(気の狂った金持ちのお守りに、色ボケ親父の指揮下での戦いだと。いい加減にしやがれ。)
ハンガーの隅で二人の様子を見ていたアイザックは、地面にぺっと唾を吐いた。
(だが、あの赤いヤツ。)
 あれは、ガンダムだ。
 どうせこの北米で死ぬなら、最後にああ言うヤツと戦って、自分の技量を出し尽くしてみるのも、悪くない。
 違う。もう、それくらいしか、アイザックにはこの戦場にいる意味を見出す材料がないのだ。
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(さっきの、あの感覚は、なんだったのだろう。)
 ウォルフガングの私室へ向かいながら、カルアは先ほどの戦闘の最中、アイザックの言う"赤鬼"と対峙した瞬間のことを思い出していた。
 時間が止まり、そのはるか向こう、宇宙の深淵が見えたかのような感覚に見舞われたのを覚えている。その昔、初めて宇宙に出た人類は、成層圏の外に神の存在と、確かな愛の感覚を覚えたなどという記録もあるが、ああいう感覚のことを言っているのだろうか。
 幼い頃、孤児だった身の上を拾われ、叩き上げられた。パイロットとして頭角を表すと、ウォルフガングが目を掛け、重用してくれた。そして、いつのまにか彼の従属物のように扱われ、戦場での精神安定剤がわりに使われている。それ自体に、もはや嫌悪もかなしさも、何もない。当然、安堵や喜びもない。
 だが、先ほどのあれは、魂が麻痺しているかのようなカルアに、自身が意志をもつ生命体であることを、改めて、強烈に思い出させた。
(気持ちのいいものだった……。)
 カルアにとって、別にもう、この世に生きる意味など何もなかった。北米の、と言うよりも、地上の、いや、この大戦のジオンの行く末に、もはや自分が生き延びられる未来など望めないのは、カルアでなくとも分かる。カルアにとっては、今の末期的で絶望的な自身を取り巻く環境も、ようやくその時が来た、くらいにしか思えなかった。これで、やっと死ねる、と。そういう渇きを感じていた矢先の、あの快楽だ。あの心地よさの中で死ねるならば……。

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 カルアの、精気のない瞳に、微かに光が宿る。
(連邦の"赤鬼"、また、会える……?)
 カルアの胸は、恋する少女のように熱く脈打った。
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 明日、12月5日から、予定どおり、北米奪還作戦が発動される。ジン・サナダ曹長は、ようやく自分の願った時が来たと思った。
 作戦は10日以内に、ジオン公国軍の拠点をしらみ潰しにして、地球からその戦力を駆逐することをねらいとしている。具体的な攻撃目標は、西海岸のキャリフォルニアベース。そこの陥落をもって、ジャブローの本部は作戦完遂を宣言するはずだ。キャリフォルニアベースは、陸空海のあらゆる場所から攻撃に晒されるだろう。
 特務G13MS部隊は、中米上空を空路で突っ切り、テキサス州のエリアに降下して、作戦を展開していた。ルート66を分断し、東側の敵がキャリフォルニアベースに集結しないように妨害する意図もある。東海岸には、東欧からの戦力が海路からも上陸してくるはずだ。四方から攻められるジオン軍は文字通り、袋の鼠だ。

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「しかし、本当にいたとなは、"赤い彗星"。」
 制圧したテキサス州の第4拠点で、機体から降りたケーン・ディッパー中尉が感嘆の声をあげた。
「でも、逃げましたよね、あいつ。やっぱりあんなのニセモノですよ。」
 トニー・ローズ曹長は相変わらず偽物説を強く推す。
「赤いザクが何者でも構いません。事前の情報通り、手強いのはついてきているドムだ。数の不利を認めた瞬間の撤退。あの判断の速さは指揮官の有能さを示しています。」
 ジン・サナダも会話に加わる。敵との奇妙な共鳴のことは、何となく口にしなかった。他の誰かも感じたのなら、トニーあたりが黙っているはずがない。話題にあがったら、そのときに乗ればいい。

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「ところがなあ、上はどちらかと言えば、赤いザクの首を欲しがっている。」
 機体から降りて、ブリーフィングルームに入ると、コヴ・ブラック少佐が気だるげに呟いた。
「"赤いガンダム"が"赤い彗星"を倒し、北米戦線を勝利に導く。ドラマがあって、最高のプロパガンダになる。」
「世間様はロボットプロレスをご所望ですか?」
 くだらねえ、と、トニーが吐き捨てる。
「こっちは命のやり取りをやってんですよ。そんなのはアニメの中だけにしてほいね。」
 トニーの皮肉を無視して、コヴ少佐は続ける。
「ガルマ・ザビのザクがどっかで暴れてるって話も聞こえてきてるがね。そっちでもいいが、泣く子も黙るジオンの英雄"赤い彗星"の方がキャッチーでいい。」
他人事のように呟くコヴに、すかさずジンが応える。
「何が出てきても、自分がこれまで重ねてきた訓練と、レッドウォーリアの性能ならば、十分対処は可能です。その自信はあります。」
トニーが戦争ドラマのキャラクターのように、腕組みをしながらにやついて、ひゅう、と口笛を吹く。
「ただ、"首を取る"ということは、敵機の何かしらの痕跡を確保せねばならない、ということでしょうか。」
ジンは、とにかく壊したいのだ。"赤い彗星"気取りのバカならば、なおさら、この世にいたという痕跡も残さぬほどに、粉微塵に粉砕したい。
「そうだな。できれば頭部を引きちぎってきてほしい。絵面が分かりやすい。」
「無茶でしょう。」
 ケーンが苦笑混じりに言う。MSは撃破されれば、割と簡単に爆散してしまう。どこかのパーツを切り取るとか、パイロットを生きたまま捕縛するとか言うことを、意図的に履行するのは相当な技量が要る。
「それか、コクピットをビームサーベルでピンポイントで貫け。討ち取ったことも明確になる上、うまくやれば赤いザクの"遺体"がまるまる手に入る。そいつの頭を掴んで、息絶えた機体を高々と掲げてやりでもすれば、抵抗を続けるジオンの連中の心も、ポッキリ折れる。」
コヴは無表情に語るが、ケーンとトニーの表情は引きつっている。"デューク"の秀でた眉も、ピクリと動いた気がする。
「ホワイトベースのニュータイプ、オリジナルのガンダムのパイロットは、初陣でそれをやったよ。」
 ジンの中の獣を、くすぐるような言い方だ。思わず反応する。
「前例があるなら、出来るでしょう。その戦闘データも共有済みです。」
 やってやる。ギャラリーは黙って見ていろ。
「とにかく、了解しました。では、我々は当初の予定通りテキサス制圧のために展開、ルート66を分断して、キャリフォルニアベースへの増援を妨害する。」
 ケーンが、モニターの勢力地図を指し示しながら言う。
「加えて、亡霊狩りだ。赤い彗星のザクを、機体を残して撃破する。」
言ってから、馬鹿げている、と、思わず呟く。もはや、誰も何も、それ以上は口にしない。ただ、トニーと"デューク"は、ひりつくような殺気を発しているジンの気配を、何となく感じていた。

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 U.C.0079、12月5日。
 地球連邦軍は、北米全域と南アフリカ、アジア方面など、各方面で一斉に、地上に展開するジオン公国軍への大規模攻撃を開始。
 特務G13MS部隊も、未明、作戦のために出撃した。

【#31 Demon slayer / Dec.4.0079 fin.】



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 第3部、暗い上に、MS戦が少なくて、会話劇ばっかりですね。すみません。
 ついてきてくださっている皆様、本当にありがとうございました。
 さて、ニューヒロインのカルア・ヘイズ。お察しの通りお酒の名前です。もともとは別の名前を考えていたのですが、宗教的な意味合いを持ちそうな名前だったので、急遽変更することにし、どうせならミヤギと対極になるよう、悪酔いしそうな安酒のような名前にしてみました笑 なので、「レディーキラーカクテル」の異名を持つ、カルアミルクですを響きも、魔女っぽくて気に入っています。ジンは、ミヤギよりずっと前に「レッドウォーリアに乗るサナダ」というパイロットで構想していました。最初は、ラッキー・サナダにしようと思っていましたが、お笑い芸人みたいだったので、「武将→刀→刃→ジン」となりました。実は、お酒関係ありませんでした笑 ミヤギと従兄弟同士にしようかな、とか考えていた時期もあります。やめてよかったなと思っています笑

 それと、気づいていただけたかと思いますが、冒頭のジオンの上官を褒めるような地の文は、皮肉です。今回の第3部は敵も味方も応援したくなるキャラが少ない路線で参ります。

 ……ホントに、見捨てないでいただけたら、と思います。





















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次回、

MS戦記異聞シャドウファントム

#32 Lovesickness and madness



狂気が、交錯する——。



なんちゃって笑



今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のお越しも心よりお待ちしております。